2011年12月01日

【Gadget】ドコモはいずれiPhoneを採用する、問題はその後だ

■日経ビジネスがリーク情報を流す

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ドコモ、来年夏にiPhone参入:日経ビジネスオンライン

時間の問題だと思っていたので特に驚きはなかった。今朝、このニュースを見た直後の感想。

ドコモにとって、iPhoneを採用するということは、販売対象機種を1つ増やす以上の、とても大きな意味を持つだろう。今まで誇示し続けてきた、「ハードと回線と決済システムを抱き合わせて売るビジネスモデル(i-mode)」を破壊するからだ。

iPhoneを受け入れ、i-modeを捨てれば、ユーザの流失を防ぎ、一時的に売上は伸ばせるものの、結果的に、通信キャリアは回線屋・土管屋になり、既存の国内スマートフォンメーカーは事業継続可否を検討せざるをえなくなるだろう。

■ドコモが報道について全否定

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ドコモからのお知らせ : 弊社に関する一部報道について | お知らせ | NTTドコモ

その後、ドコモがiPhone/iPadの販売のリーク情報について公式に全否定してきた。

それを受けて、考えたことは以下のとおり。

リークにしては、製品が販売されるまでにずいぶん時間が空いているのは(たしかに)違和感があった。iPadについては、春のiPad3祭りで、ディスプレイ解像度が一気に1.5倍〜2倍になるはずでそこで爆発的に売れるというのが私の予想。そこにドコモが合流しない理由がよくわからかった(LTE対応が、どうしても春では間に合わないということか?)。だったら、こういうリーク情報も、もっと後(少なくとも春以降)に出せばいいのではないか?

今回の件で、機種変更を予定していたドコモユーザの買い控えが起きる。MNPでキャリアを変えようとしていた人も踏みとどまらせる効果もあるだろうけど、前者のダメージの方が大きいだろう。だから必死で火消しに走った。

まあ、ドコモの合流時期については正直に言うと、どっちでもいい。必ずドコモは落ちる。なぜなら、彼らは回線屋・土管屋だから。敵はAppleではなくauとSBだから。自分だけ、最も強力な武器を持たずにいつまでも戦い続けることはできないだろう。

IT業界で利益を出している会社はみな、クラウドに紐付けされたサービスとプラットフォームを押さえている。Apple、Google、Facebook、amazon…。川下(クラウドの窓、端末)だけのビジネスは、もう商売にならない。ドコモは色気を出して国内でしか通用しないプラットフォーム(i-mode)を唱えたり、ガラパゴススマートフォンを揃えてみたりしてるけど、勝ち目はない。

やがて、amazonもFacebookもスマートフォンを出してくる。そうなったら、川下でちょこちょこやってる国内メーカーは終わり。ドコモもどこかで見切りをつけるだろうし。

ドコモは川の幅をコントロールするビジネスに徹すればいい。端末なんて、好きなものを使わせればいい。ただ、それだけのこと。意地を張っている時間が長いほど、ダメージが大きくなるだけ。

■クラウド、SNSを押さえている会社のほうが伸びしろがある

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これからの戦いって、プラットフォームを先に作ったものが勝ちになる。デバイスの売れ行きばかり見ていると、本筋を見誤る。本丸はプラットフォームであり、その構成要素の中に、クラウドを使ったサービスというのが重要なファクターである。

そのプラットフォームを作るというビジネスに、国内のメーカーは、どう戦うのか、今のところ、我々に全く何も示せていない。そういう見方でいえば、Facebookに押され気味とは言え、mixiは、クラウド、サービス、アプリで、固定客を掴んでいる。個人的にmixiのサービスには興味はないものの、企業としてみたとき、ガラパゴススマートフォン・ガラパゴス携帯を作っているメーカーよりは、だいぶマシだし、やり方によっては、まだ伸びしろがある。

以上。
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2011年11月30日

【Gadget】ラジオが成功しテレビが失敗した「ネットとの共生」

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■ラジオが成功したネットとの共生

ラジオは、ここ数年以内に以下の2つの方法で、ネットとの共生を成功させた。

Podcast(好きな時に視聴できる蓄積型サービス)
IPサイマルラジオ(ラジオ放送をインターネットで同時にネット配信するサービス)

ラジオが身近に感じるようになったのは、これらのサービスが、我々ユーザにとって、日々の生活の中で手に取りやすくなったからではないか?普段からスマートフォンを持ち歩く我々にとって、ラジオがネットと共生し始めた時、生活の中に自然に溶け込んできた感じだ。

私は毎日通勤中に、IPサイマルラジオ(radikoなど)やPodcastを聴いていて、すでに生活の一部になっている。

ラジオが展開するこれらのサービスが成功した要因は何か?

・ユーザに無理をさせずにサービスを受けられる(今、持っているスマートフォンですぐにでも視聴ができる)
・ユーザのライフスタイルに合わせてくれる(Podcastで後からいつでも聴ける)
・ユーザの好みに応じてカスタマイズができる(プレーヤーは好みのものをアプリストアで選べる)
・ユーザの端末の種類を選ばない(スマートフォン以外でも、PCでもMacでもOK)

サービスを提供する側が、ユーザ目線で、ユーザのライフスタイルに寄り添ってきたからじゃないかな?それを我々が自然に受け入れただけ。

■テレビが失敗したネットとの共生

上に書いた、ラジオのネットサービスが成功した要因の部分をもう一度考えてみよう。スマートTVだとか、放送とSNSとの連携だとか、テレビ放送にぶらさがるおっさん達が言っているわりに、彼らが提案するサービスが、上記の項目の1つも実現できていないことに気づく。

昨日のブログに書いたNOTTVは、上記4つともに全滅。我々のライフスタイルを強制的に変えようとしているサービスの典型だ。すでに既存のテレビ放送で失敗しているのに、また、同じ事を繰り返すらしい。何度やっても失敗する。

■テレビ離れと言うが...

「テレビ離れ」が起きたんじゃない。テレビが、変化した我々のライフスタイルに合わせてこないから、だから使わないだけ。使いにくいんだよ!番組が悪いだけじゃないんだよ。良い番組だって、時々あるんだよ!その「テレビ放送(番組)を我々に届ける仕組み」が悪いの。

例えば、テレビがPodcastのように、後からボタンをクリックすれば、PCでもiPhoneでも再生ができれば、使うよね?ネット配信でテレビが見れるようになったら、ちょっとした空き時間で、見たり聴いたりするよね?

けっきょく、そこなんだよね。

そこで、NOTTVのように、「ドコモの対応端末で」「月額420円で」とか、「おまえらがこっちに合わせてこい」っていう態度でしょ。そんなもの、失敗するに決まってるでしょ。

大事なことに、彼らは気づいていない。ネットとは共生しないと、いけない事を。

以上。

□参考1
私がラジオ視聴によく使っているスマートフォン向けアプリの紹介
【iPhone用】
radiko.jp
らじる★らじる NHKネットラジオ
聴く!ニュース
【Android用】
radiko.jp
らじる★らじる NHKネットラジオ
聴く!ニュース

□参考2(過去の関連記事)
【時事】今こそradikoエリア制限撤廃が必要なワケ
posted by Sakak at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ガジェット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月29日

【Gadget】NOTTVが始まる前から終わっている3つの理由

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スマホ向け放送局“NOTTV(ノッティーヴィー)”の可能性
ドコモと民放が組むスマホ向け放送局「NOTTV」、月額420円で来年4月スタート

リード文引用:
ドコモや在京民放キー局らが組むスマートフォン向け放送局「NOTTV」は、独自番組や24時間ニュース放送を含む3チャンネルのリアルタイム放送と蓄積型放送を展開し、月額420円。ドコモが対応端末を発売し、初年度に100万加入を目指す。

■始まる前から終わっている理由1

端末を、専用のハードを搭載する国内専用のスマートフォンに限定しちゃった点。

本サービスは、7月に停波したアナログテレビのVHF帯を使う。通信を使えば、ハードウエアの制約が無くても使えるのに、放送波を使うことにより、ハードウエアに専用の機能が必要になる。よって、視聴する端末は、ドコモから発売される、国内専用のスマートフォンorタブレットということになる。

現在、スマートフォンで確実に儲けが出ているのは、AppleとGoogleと、Samsungだけだろう。Samsungだって、この先どうなるかという状況において、Googleの言いなりになって、右往左往する国内専用のスマートフォンなんて、もってあと1年、2年だろう。来年あたりから、海外製の格安モデルが次々に投入されてきたら、テレビやPCと同じように、国内専用の高価なスマートフォンは、ジ・エンド。そんな端末を、サービスを利用できる端末にってどういうことか?終わっている最大の理由、その1。

■始まる前から終わっている理由2

ニーズを読み誤っている点。ライブ感を求めているとか、完全に双方向だ、とか、SNSと連携だとか、ワードだけ並べているけど、まったく気持ちが伝わってこない。

mmbiの放送局名は「NOTTV」に、会場内で発表会開催 - ケータイ Watch

この記事にこんなことが書いてある。

引用:
mmbiの常務取締役である小牧次郎氏は、「スマートフォンは完全に立ち上がった。次はスマートTVだ。NOTTVは、通信機能のあるスマートフォン向け放送であり、最初から100%繋がっていて、SNSとの連携は当たり前、視聴者全員参加のクイズも可能になる」と述べた。

どこから突っ込んだらいいか、わからないくらい、ボケている。

はっきりいうと、スマートフォンが立ち上がったかどうかなんて、どうでもいいんだよ。我々にはどんなテレビが必要なのか、視聴者はどういう視聴スタイルを望んているのか、どうすれば、幸せで豊かなTVライフが過ごせるのか、そこの定義付けがまったく伝わってこない。だから、まったく賛同できないし、終わってる。

ジョブズがプレゼンで行う、最初の1ページ、2ページが完全に抜けていて、突然、最後のページだけ見せられて、「お前らこういうのが好きだよな?」ってまったく賛同できないものを押し付けられた感じ。

今、我々が求めているテレビって、もう、決まってるんだよね。テレビのプラットフォーム化なんだよ。そこに向かうしかないの。App Storeのように、プラットフォーム化し、全ての番組が横断的に、番組単位、シリーズ単位で、1クリックで決済できる仕組みだよ。家にいれば、TVで見るし、外で見るなら、iPhoneやスマートフォン、タブレットで見る。そうに決まってるでしょ?そういうプラットフォーム作りを、全く無視して、勝手にこんな、悪あがきみたいなことをしたって、うまくいくわけないでしょ?終わっている理由、その2。

■始まる前から終わっている理由3

発想の出発点がおかしい点。

そもそも、このサービスに関わる登場人物が悪すぎるよね。テレビをつまらなくした張本人の「民放テレビ局」と、国内メーカの端末及びi-modeにこだわり過ぎて迷走中の「ドコモ」。トレンドを読めてないこの2社が、ワクワクするようなものを出してくるとはとても思えない。その前にやることがあるだろう、と言いたい。

どう考えても、このサービスは、発想の出発点がおかしい。どこにも書いていないけど、たぶん、「アナログ停波で空いたスペースをどう使おうか?」っていうところが発想の出発点なんだよ。自分たちにとっての利益優先の発想。「こんなテレビがあったら、楽しいよね!」っていう、我々目線からのスタートでは、絶対にないの。それが、もう、バレバレ。終わっている理由、その3。

■最後に

放送波に空きスペースがあるなら、通信回線を延長させる目的に使うとか、そういうことこそが、本来やるべきことなんじゃないかな。3Gから4G回線への移行が遅れていて、3Gがパンクしそうな時期だしさ。なんか、放送局が全面に出てくると、突然、胡散臭くなるので、みなさん、お気をつけて。

■おまけ

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こんなのゆっくりやっているうちに、終わりそう。

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チャレンジャーのみなさん。失敗しても責任は現場へ。

ドコモ子会社のマルチメディア放送に11社が出資--資本金は約500億円に - CNET Japan
既得権益を守りたい人達、全員集合状態。放送局、広告代理店、国内のスマートフォンを作る電機メーカー、そしてドコモ。みんないるじゃん。「iTVに立ち向かえ!エイエイオー!」ってやってそう。

以上。
posted by Sakak at 22:34| Comment(0) | TrackBack(1) | ガジェット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月24日

【SNS】ガラケーを根こそぎスマートフォン化させる唯一の秘策とは

Facebookとmixiはいまや全く違う土俵のSNSになっていた。/More Access,More Fun!

<この記事からわかる事実>
・mixiのアクティブユーザー数はまだfacebookの3倍以上いる
・mixiの総ページビューのうち、PCからは13.7%しかいない。つまり今や、mixiはほぼガラケーのSNSになっていた

mixiの将来に明るい材料は無いものの、現在使っている人達にとって、mixiを辞めて他に移る動機がない。そもそも、mixiの受け皿になるサービスがない。まさか、「パソコンがmixi専用機」になってる奥様達に、Google+/Facebookが受け入れられるとはとても思えない。

彼女達にとって、システムがクールでUIが優れているとか、関係ない。サークルだのフォローだの、そんなもん彼女達には関係ない。マイミクか他人かそれだけの世界。今の使い方から少しでも変化があると文句は言う。ただ、それだけ。

日本が「mixiを作ってしまった事」と「ガラケーを広めてしまった事」とは、一体化してる気がするね。グローバルな流れに遅れた一員だと思う。良いか悪いかは別で。

■mixiユーザーがスマートフォンを必要としない理由

スマートフォンへの機種変更が右肩上がりに進んでいるというが、私はどこかで頭打ちになるのではないかと思ってる。なぜなら彼女達は、mixiを使うためにガラケーを持っているわけで、それ以上の事を求めていないんだから。

「後からアプリも追加できます」っていう我々には殺し文句に相当するものが、彼女達には「最初から使えるようになってないの?面倒」となる。「タッチパネルでサクサク動くし」と言ってみたところで「タッチパネル?テンキーのボタンでめっちゃ早く打てるから要らない」となる。

それくらいの感覚の違いがある。ガラケーを手放したくない理由があるわけではない。スマートフォンを必要とする理由がないのだ。

つまり、mixiがサービスを終了するか、ガラケーの部品供給が止まって利用停止などという強行策を取らない限り、スマートフォンの使用率の大勢は(ある一定以上は)動かない、と思う。

そう思っていた。しかし、秘策が1つだけ、ある。スマートフォンに彼女たちが必要とする理由を作るのだ。

ガラケーを根こそぎスマートフォン化させる唯一の秘策

それは、mixiに最適化されたスマートフォン、mixiフォンの投入だ。

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<コンセプト>
・OSのレベルまで手を加えた、mixiサービスに最適化されたスマートフォン
・デバイスとクラウドが連係して高速化を実現
・ユーザ毎のアクティビティをHadoopを使って解析し、先読み処理でサクサク動く
・mixiフォン専用サービス(無料ビデオ・音声通話、複数人対応)
・OSはAndroidでいいや。

スマートフォンの売上を伸ばしたい通信キャリアと電機メーカーの思惑と、完全に一致。また、FacebookやGoogle+の登場により、Geekに完全に見放されて「終わった」とまで称されているmixiが、最後に一旗上げるチャンス到来!

mixiユーザーは、行くしかないでしょ。私はもちろん買いませんが(苦笑)。
posted by Sakak at 18:46| Comment(2) | TrackBack(0) | SNS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【ネット社会】ネット住人と非ネット住人の共存の道

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SNSやTwitterを通じて、リアルな世界からネットの世界へ人の流入が起きている。このスピードが加速している。特にSNSやTwitterは、ネット上に「場」を作るツールであるから、そこで人と人との「こぜりあい」が起きる。

■過去にネット上で何度もあった「こぜりあい」

私は25年前からネットの世界に足を踏み入れてここまできているが、ネット上での「こぜりあい」というのは、昔からあった。

ただし、それは(振り返れば)ネット住人vsネット住人という構図だった。同じ人種同志の戦い。全面戦争に発展することもあったわけだけど、長期的に見れば、一瞬の出来事程度。私もいくつかこぜりあいは経験あり。(注1)

■ネット住人vs非ネット住人

しかし、今、起きつつあることは様子が違う。ネット住人vs非ネット住人の構図になっている。やっかいだ。

非ネット住人というのは、まず、リア充。次に、ネットに遅れて入ってきた人、慣れてない人。さらに、ネットの事を全く理解していない(又は間違った理解をしている)おっさん、などなど。非ネット住人は、ネットを1つのツール程度の意識でやってくる。カジュアルユーザーとでも言うのかな。

それに対してネット住人は「ネット世界では誰にも負けない」という意識が高い。それが自分の存在意義でもあるからね。地球人(非ネット住人)vs宇宙人(ネット住人)くらいの差がある。

あらゆるネットメディア(Twitterやmixi等)で昨今、問題化してるよね。「非ネット住人が暴露」⇒「パトロール中のネット住人が発見」⇒「ネット住人が通報」⇒「学校・会社が謝罪」のソリューション。これなんか、まさに、ネット住人vs非ネット住人の構図でしょ?

■これからのあるべき姿は「共存」

リアル世界とネット世界では、世界が違う。そして、今までずっとネットを主戦場として戦ったきた人と、リアル世界から最近やってきた人とでは、見える景色も考え方も違うはず。ネット住人、非ネット住人とキレイに分かれるものでもないが、そのくらい、根本的な考え方に違いがあるということは、お互いが理解しておいたほうがいい。無用な争いを避けるため。

そのためにも、「共存」ということを、頭に入れながら進めることが必要。簡単ではないけど、やる意味はあると思っている。これからの未来は、ネットとリアルをビジネスでもプライベートでも行ったり来たりしながら過ごす、「ハイブリッドな時代」になるのは間違いないから。

(注1)
15年前くらいの出来事。私がやっていた個人サイト(200人くらいの固定ファンを抱えていた)と、同じく個人の女性(主婦)が運営している人気サイトとで、共同(コラボ企画?)でホームページのあるコーナーを作ることになった。最初は楽しくやれていたのだが、ある時に、彼女が私に逆上?(原因不明)して、ネット上で私を罵倒し始めた。私のページのファンの人たちが、それに反応してネット上で応戦。相手のページのファンも、それに応戦。お互いのサイトが大炎上。全面戦争突入。私自身は、終始、ダンマリを決め込んでいたんだけど、落とし前はいると思って、最後は大人的対応で、締めた。相手は、ずーっと、ぶーぶー言ってたけど。今となっては楽しい思い出(苦笑)。
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2011年11月20日

【SNS】どのSNSを使うかは、どんなリアクションを期待するかで選ぶ

ツイッター・Facebook・Google の使い分けは「誰に情報を届けるか」で考えればすぐわかる | Lifehacking.jp

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Twitterは放送のようなブロードキャスト型(場を共有していない)、Facebookは居間に全員が集まって談笑、Google+はそのいずれでもなく、見知らぬ人との濃厚なやり取りが可能、という例えが面白い。

文末にも書いてあるが、どれを使うかという答えは、どんなリアクションを期待するか、なんだと思う。どんな内容の話をポストするかによって、期待するリアクションは様々だと思うので。それぞれのSNSを一通り使ってみると、リアクションの速度や内容が異なることを実感する。それに応じて自分が望む使い方を構築していけばいいんじゃないかな。

個人情報大セール/quipped

少し話は違うが、Facebook(に代表されるSNS)の、弱点をうまく突いている記事だと思う。どのSNSを使うか、という話と同時に、こういう影の部分も知っておいたほうがいい。

>Facebook友達の中にアホが一人でもいて、そいつがボットに引っかかると、
>自分もボットの「友達の友達」になってしまう

ココです。つまり、誰と友達になるのかが、非常に大事ということです。

まあ、とはいっても、(Facebookは)「友達」というネーミングをつけちゃったことで、ものすごく「断りにくい」雰囲気を出してるよね。あれが「フォロー/アンフォロー」だったら、また、だいぶニュアンスが違ったのに。

そうやって考えていくと、Facebookにはポストできるけど、Google+にはポストできない、みたいな情報ってほとんどないな。どっちにしても、ネットに出すことには変りなく、出せるものは出すし、出せないものは(どちらにも)出せない。

Facebookは、「囲われている」というぼんやりとした雰囲気があるからこそ、逆に、危ないかもしれない。

以上。


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2011年11月19日

【Blog】SNS時代だからこそ必要になるブログという存在

なぜ今、ブログなのか - jkondo's blog

これは、はてなブログを運営している方のブログだろうか?(詳細は不明)

私がブログを書いている理由が、ここに書かれているような気がした。私は、「静」と「動」(「ブログ」と「SNS」)のような位置づけで考えていた。

SNSを使うようになればなるほど、ブログも同時に、より必要なツールになってきた気がする。

SNSもTwitterも、時限式だ。賞味期限はせいぜい24時間くらいかな。次の日に、そのスレッドを見つけても、もう盛り上がりが終わっていたり。だからこそ、時間を共有している楽しさがある気がする。これはこれで素晴らしいんだけどね。

でも、それだけでは、何かが足りない気がしていて。

ブログは、自分が何かと対面し、その思いをアウトプットし、それを残す(ストックする)という位置づけ。後から思い出して読み返すことも可能。だからこそ、書く時に力も入るし、時に熱くなることも。その思いが、読み手に伝わった時に、他のサービスでは得られない、大きな満足が得られる。

ブログに対する不満が1つだけあった。システムの作り(特にUI)がクールじゃない。古い。そこは不満だった。自分でサイトをおこして、Wordpressで作ろうかと思ったけど準備する時間や労力を考えると、二の足を踏んでいた。

Hatena__Blog-beta_420.jpg

そこに、Hatena Blog betaが登場(現在、クローズドベータ公開中、招待制)。Google+を初めて使った時のような、良い感触がある。UIがシンプル。機能は足りないことばかりだけど、でも、最低限、必要なものはある。なんとかなる。

シンプルであり、それがクールであるということは、Appleの作り出すものを触れている人は感じているはずで、そういう人に受け入れられているのではないかな。限定的に申し込みを始めても、すぐに予定の枠を超えてしまう状態が続いているようだ。

このブログ記事を書いた人は、今、この時代に何が必要かがわかっている。そんな人がやっているブログなら、安心して使えそうだ。期待できる。

今日、作り始めたばかりだけど、試しに記事を書いてみた。使い勝手は悪くない印象。

Sakak's Gadget Blog(試行中)
※もし、読んでいただけたら、記事末のボタンを押していただくことは大歓迎です!

試行中とはいえ、更新はしばらく続けますよ、たぶん。興味を持っていただいた方がいたらブックマークをお願いします。ただし、まだ正式公開ではありません。まだ、本運用を始めるには、あまりにも機能が足りなすぎるので。

あくまでもお試しで。Seesaaで書いている本ブログは引き続きこちらで行います。将来的にはわかりません。私は、気持ち良いところで書き続けるだけです。

以上。
posted by Sakak at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月14日

【SNS】Facebookの「友達」は2つの意味を持つ

Facebook用語の「友達」に感じる違和感と、コミュニティを構成する際の、両SNS(Facebook、Google+)の違いを考えてみます。
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■Facebook「友達」には2つの意味がある

Facebook「友達」の機能・役割とは、以下の2つだと考えます。

(1)リアル世界の友人関係を、Facebook上にも構築しようという契約
 ⇒名簿の役割。
(2)互いの情報の共有
 ⇒ポストをフォローするという役割。

ここで私が違和感と感じるのは、「友達」というワードに(1)と(2)の機能・役割が混在しており、それを分離できないこと。後から変更しにくいこと。

具体的に説明します。

・Facebook友達としてOKかNGかは、リアル世界で「友達/友達ではない」とは関係ない話。
・「友達/友達ではない」の選択が重要なのではなく、Facebook上で「情報を共有したいか/したくないか」に注目すべき。
・Facebookというシステムは、そういう本質的なことは意図的に隠し、ひたすらFacebook友達を増殖させることを狙っている。

「リアル世界の友人関係」⇒「ネット上でも当然、友人だよね?」⇒「お互いに持っているものを出しあったり、見せ合ったりしたいよね?」

Facebookからのそういう押し付けを感じます。

たしかに、友人・知人とFacebook上でつながっておくことで、イザという時に連絡がとりやすい((1)名簿としての機能)というメリットはわかる。Facebook上でグループを作っておいて、そこから一斉に発信することもできるしね。

でも、「(1)名簿として繋がっておきたい人」という側面と、「(2)互いの情報を共有したい人」という側面は、別のような気がしている。

(1)と(2)の両方の意味を考えたうえで、Facebookの承認ボタンを押すかどうかを決めたいのが本音です。

だが、Facebookは、そうは考えてない。

私自身がFacebook上で何を発信しているのか、「友達」になってみないと相手はわからないし、私も相手が何を発信しているのか、わからない。わからない状態で「承認ボタンのON/OFF」を決断させる。

そこに若干の無理を感じますね。せめて、先に、味見をさせてほしいんだけどな。

つまり、Facebookの設計意図は、(1)を強くイメージさせ、(2)を隠し、「友達・知り合いであればFacebook友達になっちゃいなよ!」と誘導しているわけだ。

友達になると、お互いの情報はデフォルトがフルオープン。いったん友達になってしまうと辞めにくくもなる。リアルな意味での「友達」を辞めるわけではないのにね。Facebookというサービスの中での、情報の公開範囲を変更するだけ、ただそれだけの事なのに。

それがわかっているので、たまに、友達承認依頼が来た時に、少し悩む時がありますね。

なぜ私がそこまでこだわるのか。

それは、私が承認依頼をOKしたっていうことは、私のポストが次々に、その人のニュースフィードに流れることがイメージできるから。人によっては、ニュースフィードを汚すことになるからね。個別に友人のポストを非表示にしたり、リストを作ってフィルタすることを知っている人ならいいけど、使い方がよくわかっていない人も多くいるだろうから、なおさら、そういうことを心配します。

私の望みとしては、「友達」という言葉を変えるか、それができないのであれば(1)(2)を分離してほしいですね。そして、(2)情報共有の、フォロー・アンフォローを気楽に行えるようにしてほしい。

現時点でも、「友達」になった人の投稿をミュートすることは可能ですが、自分のポストが流れ出ていくのを止める事は手間がかかる(リストを作って限定公開とか)。もっとスマートな機能で実現してほしい。

■FacebookとGoogle+の、コミュニティ作りの違い

こういう話(Facebookの弱点のような話)をすると、近頃は必ずGoogle+が引き合いに出されるようになりましたね。

たしかに、Google+はフォロー/アンフォローという言葉のみで、「友達」という紛らわしい言葉を使いませんし、私個人的には好きで、よく使っています。

ただし、Facebookは得意だけど、Google+には苦手な事があります。

それは、コミュニティを作ることです。

Google+でも、投稿をメンバー(サークル)の限定公開にすることができるので、最低限のことはできます。できますが、コミュニティ内に誰がいるのかをメンバ間で認知させることはたぶんできない。「リーダーは誰なのか」ということくらいしかわからない。逆にいうと、その程度でも成立してしまうような、ゆるい集まり(コミュニティ)に向いています。

「今日、何時頃に、どこどこで飲み会をやってますので、来たい人はご自由に!」くらいなゆるさ、です。誰が何人くるかも、把握してない(する必要がない)。そういう用途のコミュニティには、それでも良いですよね。

あくまでも、個人が、個人の意思で情報に近づいていき、不要になれば離れていく、というスタイルです。それに対して、Facebookは、先に友人関係、コミュニティありきで、そこに登録・承認して囲い込みます。

Facebookのコミュニティであれば、リーダーの人は「このコミュニティを管理している」という意識が持てるでしょうね。と、同時に、参加しているメンバからは「管理されている」という意識も生まれます(良いか悪いかは人それぞれ)。そもそも、参加という意識もないかな。覗いている、程度の感覚かもしれません。

リーダの人が、何をどう管理したいかで、使い分けるしかないですね。逆に、メンバの人は、自分がどんなコミュニティが心地いいのかを選べる時代にもなっているわけです。

■まとめ

・Facebookは「友達」というワードにふりまわされて、身動きがとれなくなることがある。あくまでもFacebook用語の「友達」である、という認識が大事。リアルな「友達」とは別。仲が良いか、それほどでもないか、とか関係ない世界。自分で決めた、ネットでの立ち振る舞い方を最優先すべし。

・日常的に、情報の収集や共有ツールという側面で利用する場合はGoogle+が使いやすいが、リアル世界のコミュニティをネットに投影し、リーダがそのコミュニティを管理・運営したい場合は、Facebookやmixiなどのタイプを選ぶしかない(現時点では)。適材適所、集まりの「ゆるさ」に応じて使い分けが必要。

以上。
posted by Sakak at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | SNS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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