2011年12月30日

【Gadget】過去の延長で理解できる野暮ったい商品が今こそ必要か?

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過去とつながった野暮ったい商品 - medtoolzの本館

非常にオススメしたい記事。この記事が「我々が見落としがちな大切な何か」を教えてくれている気がする。

■全てがiPhoneコピーで本当に良いのだろうか?

世の中がすっかりスマートフォンに置き換わっていく印象があるが、裏では「いっこうにガラケーを手放さない人達」がたくさんいるし、その中には、Google+やFacebookが花盛りの中で「いっこうにmixiから移る気配のない人達」も多く含まれる。

その人達を動かさない限り、スマートフォン市場は拡大していかない。だから、彼らが望むものを出していかないといけないのに、iPhoneとAndoroidでは役不足だ。それは、AndroidがiPhoneのコピーであって、「ガラケーのままで良い、mixiで不自由していない」という人達にとっては、「iPhoneもAndroidもどちらも不必要」になるからだ。

■なぜiPhone以外が、iPhoneコピーになるのか?

それは、スマートフォンというカテゴリ自体をAppleが作り出してしまったから(Appleがそう思わせることに成功した)。

・端末の全面がタッチパネル/薄型筐体
・多くの情報を表示できる高解像度ディスプレイ
・高画質のカメラ
・高機能の通信デバイス
・端末の先につながる「クラウドサービス」

こういうパッケージこそがあなたたちには必要だ、と定義したから。だから、iPhone以外もそのコピーを作るしかなくなった。

単純に言えば、その洗脳をストレートに受けた人がiPhoneを買い、Appleが嫌いな理由がある人がAndroidを買った、ただそれだけのことだ。

■Appleが定義したスマートフォンにだけ、全てが向かえばいいのだろうか?

引用:
スマートホンはそういう意味で、自分でも理解できる初めての携帯電話でもあって、いわゆる携帯電話よりも、むしろスマートホンのほうが、PCのアナロジーで様々な機能を理解することができて、むしろ電話機の素人向けにすら思えた。
何か新しい製品がそこにあったときに、全く新しいそれを、新しいものとして受け入れ、使いこなせる人と、それを何か過去のアナロジーで理解することで、初めて使いこなせる人とがいるのではないかと思う。

私の父親が言っていたセリフを思い出した。

今まで触れたことも見たこともない、iPhone/iPadを目にした時、父親が言った。「それはなんだ?ウオークマンか?パソコンか?カメラか?電話か?なんだそれは?」

そういう、過去のカテゴリから地続きでの発想しかできない人を、私は理解できなかった。それは父親の想像力の限界だと思ったし、歳だからしょうがないとあきらめていた。でも、このブログを読んだ後、歳は関係なく、そういう発想をする人がかなり大勢いるんだ、と気づいた。

「そういう人達にとって必要な端末は何か?」を考えないといけないのだ。

■過去からの延長で理解できる商品を考える意味

引用:
「全く新しい最高の何か」が市場で大成功したときには、もっとすごいものをぶつけるよりも、むしろ過去の延長で理解できる「野暮ったい同機能品」を販売すると、案外生き目が得られるのではないかと思う。洗練競争、性能競争をいくらやろうにも、それは「よくできた劣化コピー」を超えることはできないけれど、似たような機能、その代わりボタンが多めで野暮ったいデザインの製品は、見慣れた何かと地続きである可能性を高くできる分、最高の何かが取りこぼしたお客さんに近い何かになれる。
「もっと野暮ったい何かを再発明してみせる」ことは、たぶん「最高の何か」を追いかける際の定石になる。あえて野暮を取ることで、最高が切り捨てた人と最高に乗りたくない人、最高を否定してみたい人とがこっちに乗ってくれる。

例えば、現時点で、スマートフォンに移る気がない人って、じつはかなり大勢いるんだと思う。要は、携帯電話の基本機能(メール、天気予報、ゲーム、たまに音声会話)しか使ってない人がいる。そういう人までスマートフォンに無理矢理させて、事実上、パケット定額に加入させるのが本当に良いのか?

また、スタイルにしても、あの、全面タッチパネルの形状が(全ての人にとって)本当に最適なのかどうか?折りたたみの良さというのは、ある程度乱暴に扱ってもだいじょうぶという安心感がある(スマートフォンには無い)。また、ガラケーは単機能の分、バッテリーの持ちも良い(スマートフォンはおおむね悪い)。

こう考えていくと、外装のデザインが一辺倒であることにも気づく。iPhoneと、iPhoneコピーは、スマートフォンからハードウエアキーボードを完全に封じ込めたが、本当にそれで良かったのか。それが最高で最適なのか。全員が、そこに向かうべきなのか?

このブログ記事が教えてくれた、「過去からの延長で理解できる商品」のことを、少し考えてみたいと思う。

以上。
posted by Sakak at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ガジェット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月21日

【時事】スキャン代行業者提訴は論点が間違っている

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スキャン代行業者提訴で作家7名はかく語りき - 電子書籍情報が満載! eBook USER

今日はスキャン代行業者を作家先生方が提訴した件について。

■スキャン代行業者の違法性って何?

スキャンすることと、スキャン済みのデータを違法アップロードすることとは別でしょう?スキャン代行作業の違法性が理解できない。私が家の書庫にある本や雑誌をまとめて自分のためだけにスキャンをお願いするのも、違法の業者を利用したことになるわけ?

■時代の流れに抵抗を続ける出版業界

この訴訟が、出版社がやっているものだったら、何となくわかる。「俺たちの商売を邪魔するな」っていうことだよね。だけど、作家先生方が提訴っていう流れはなぜ?結局、あなたたちは出版社に取り込まれたんでしょ?出版社は、人気の東野圭吾を前面に出せば勝てると思ったんでしょ?

相変わらずの「反・電子書籍」の雰囲気を感じた。出版社が、作家を味方につけた演出にしか見えない。

■レコードレンタル黎明期を振り返る

1980年代の中頃に起こった「レコードレンタル業の是非」をめぐる論争を思い出した。レコードは買うものと相場が決まっていたところに、レンタルというビジネスが出てきて、当時高校生だった私は小躍りしながら通い詰めたものだった。

あの時の雰囲気に似てる。

レコード業界が「レンタルなんてけしからん!」ってわめき散らしてた。国会を巻き込むほど大騒ぎ。事業差し止めの裁判も起きたのではないかな?でも、今どうなってる?正しくお金が回る仕組みが確立され、その時代に合った扱い方ができるようになった。レンタル業に異議を唱えるアーティストはいない。

目的地は決まってる。近道するか、遠回りして無駄な時間を過ごすのか、いずれかしかない。

■「本の価値」=「印刷物」ではない

紙の本はなくならない。それはわかってる。CDというパッケージが(減りはしても)無くならないように。ただ、流通の主流ではなくなるでしょう。電子書籍化は止められない。amazonの味を知った我々が、amazon以前の時代に戻れないのと同じ。

作家たちが「紙の本が切り裂かれている、ショックだ、心が痛む」みたいなことを言っているのにはものすごく違和感を感じる。

「本」って何ですか?思いを文字や挿絵で表現したコンテンツじゃないんですか?「紙に印刷する」という行為は、出版社が媒体として今まで紙に印刷していただけじゃないんですか?

作家が直筆で書いた「本の原稿」のことを指して言うならわかるけど、この場合は違うよね。紙の本を先生方が一冊一冊プリンタで印字したわけではないでしょう?

■正しい道ができれば自浄作用が働く

そんなくだらないことに時間を使ってないで、さっさと電子書籍の流通を始めてお金が回る仕組みを作ってくださいよ。

ジョブズがiTunes Music Storeを作ったあと、横行していた海賊版の音楽データがスーッと消えていったように、正しい流れを作りさえすれば、こんな商売(スキャン代行業者)は(放っておいても)自然に消滅していくんだから。

以上。

□参考(レコードのレンタル業が認められるまでの経緯)
日本コンパクトディスク・ビデオレンタル商業組合 - Wikipedia
大浦清一 - Wikipedia
posted by Sakak at 18:04| Comment(4) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月19日

【SNS】Facebookのセキュリティ設定が誤解を生みやすい2つのポイント

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Facebookを使っていく上で感じた「Facebookのセキュリティ設定で誤解を生みそうな点」について以下にまとめておく。

■情報の公開範囲を決められるのは、投稿主だけ

自分が新規に起こした「投稿」や「イベント」の公開範囲は、投稿主にだけ決める権利が与えられている。逆に言えば、自分が投稿主でないのなら、自分の発言(コメント内容、氏名、プロフ写真)の公開範囲を自分で決めることができない(投稿主が施した設定に依存する)(削除はできる)。

簡単な例で説明する。

例えば、友人Aさんが、「一般公開」で投稿した内容に、Aさんの「友達」であるあなたがコメントをつけたとする。この場合、Aさんの投稿は一般公開だから、あなた自身の投稿のセキュリティ設定が、例え「友達まで」になっていたとしても関係なく、あなたの「名前」も「プロフィール写真」も「投稿内容」も、当然、一般公開になる。第三者に丸見えになる。

一般公開ということは、ネットに接続できる人ならだれでもアクセスできる内容であること。この意識は必要。

また、Facebookページに書き込みする時はさらに注意。Facebookページは、特性上、基本的に一般公開である。そして、そのFacebookページの中で起案されたイベント告知の掲示板も、当然、一般公開である。Facebook内から、リンクを使って(うっかり)Facebookページに入ってきた場合、知らず知らずのうちに、一般公開の掲示板に書き込みをしている場合があるから気をつけよう。

この話も、投稿主がFacebookページ管理者であり、かつ、この管理者の投稿の公開範囲が「一般公開」になっている、と考えればつじつまが合う。

■誤解を生みやすい2つのポイント

この話で、非常に誤解を生みやすいと感じる点は2点。

1)
セキュリティの厳しい(あなた)とセキュリティの緩い(Aさん)との設定がぶつかったときに、緩い方が勝つということが起きてしまう。勝ち負けというよりも、そもそもFacebookでは、投稿主の設定値が絶対的な力を持っている点。

2)
投稿の公開範囲が、投稿主以外がわかりにくい(目立たない、毎回確認が面倒なので見逃す)点。


1)について
「Facebookページのような一般公開前提のページ」や「セキュリティの緩い設定をしている友人の投稿」にあなたのアカウントでコメントを付ける際は、上記の事を意識してください。どう意識するかわからないが、自分の名前やプロフィール写真を一般公開にしたくなかったら、簡単に言えば「Facebookページへコメントを書かない」「投稿を一般公開している人とはFacebook上で友達にならない」を実践するしかない。

投稿の公開範囲がわかりにくいというのは、仕様変更をすぐにでも行なってほしいところ。

それができないうちは、
・信頼のおける友人としかFacebook上で友達にならない
・「漏れてもしょうがない」ですませられる情報以外はFacebookにアップしない
の2点を実践していくしかない。

2)について
自分が書き込みを行う投稿の公開範囲については、投稿毎に確認するのが本当は良いのだけど、面倒なので、結局やめてしまう。そもそも、常に表示してほしいのに(以下のように)アイコンにマウスオーバーしないと表示されない。
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■わかりにくい理由は意図的?

本来はもっとシンプルに、情報の公開範囲の設定をしてほしかった。でも、彼らはしない。できないのではなく、意図があるから。彼らは「情報を守る」という方向で出来事をとらえていない。「友達の友達は、ほとんど友達だ、情報を見せ合って仲良くなっちゃおうぜ!」の世界だ。その違いからくる違和感は、日増しに大きくなる。

本来なら、個人アカウントのセキュリティ設定パラメータで、決めさせるべきだと思う。「強い」「ふつう」「弱い」とかわかりやすい名前で。

「強い」に設定した場合で、もし、一般公開の権限の投稿(またはFacebookページに)書き込みをしようとしたら、警告を出すとか。

そうはせずに、自分の投稿のデフォルトの公開範囲だけ設定させて、安心させておいて、実は、書き込んだ情報がちょいちょい一般公開されている、という仕様は、意図的だし、気に入らない。

■タイムライン

タイムラインという機能が公開された(過去の自分投稿コンテンツのまとめサイト、プロフィールページのデラックス版とでも言えばいいか)。

今までコメントをやりとりしていた友人が、ある日、タイムラインを作り一般公開したらどうなるか?そのやりとりのコメントも、自分の名前、プロフィール写真も、全て一般公開だ。全てのコンテンツの公開範囲は、投稿主に権限があるから、投稿主の権限だけで公開できる。

なんだかなぁ・・・(ため息)

Facebookが私の意図とは違う方向へ進んでいくのを日増しに感じる今日この頃である。ごく少数の仲間と、クローズドな環境で連絡を取り合いたいだけなのに、Facebook的にはそういうユーザーは置いてきぼりでも構わない、ということらしい。

以上。
posted by Sakak at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | SNS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月16日

【Gadget】TV視聴スタイルに革命が起きる3つのアプローチ

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TV視聴スタイルに革命が起きる3つのアプローチを考えてみた。

■TV視聴スタイルに関してユーザが望むこと

ユーザが望むことは、おおむね以下であろう。

・番組を録りこぼしなく、視聴したい
・「過去の番組」か「現在(生放送中)の番組」かに関わらず、タイトルや出演者などのタグ検索だけで、番組を見つけ、視聴したい
・再生を開始したり止めたり戻したりしたい(Youtubeライクに)
・SNSやTwitter等、ネットや友人たちで話題になっている(なっていた)番組を、1クリックで再生したい
・同一ネットワーク内で閲覧できるのはもちろんのこと、外出先(モバイル環境)でも視聴したい

これらをふまえ、実現できそうなアプローチを3つ考えてみた。

アプローチ1の「全録」する手法は、ハードウエアが年末から発売され始めている(東芝とBUFFALO)。アプローチ2については、理想的な視聴スタイル(最終形?)であり大本命だと考える。ただし、アプローチ3が一番面白い試みで、このアプローチも期待したい。(TV放送局が乗っかれば)すぐできそうな手法である。

■アプローチ1(ハード):全録(ゼンロク)する

8ch分、1週間〜2週間分の番組をレコーダーが自動で録り貯める手法。8個のチューナーを搭載したHDDレコーダを使う。視聴するデバイスは、TV、PC、スマートフォン/タブレット等のネットワーク機器が対応する(はず)。ただし、著作権保護の規格が邪魔して数々の制約を付けてくる可能性があり、そこが難点(例えば、東芝のレコーダーの場合、対応するスマートフォンは東芝製のモデルだけ、とか?)。

まずは、レコーダーに直結したテレビで視聴する、というところからのスタートかな。持ち出したり、モバイルからストリーミング再生したりは、敷居が高そうだ。

録画したデータを視聴するUIがどの程度の出来栄えか、はポイント。例えば、PS3のtorneくらい洗練されていると、良いのだが(ハードル高過ぎ?)。

視聴アプリはAPIを公開してユーザが自由に作れるような、そういうオープン化が理想。著作権保護の規格があるから、無理かな。

HDD容量を超えた番組データは自動的に上書きされていく。永久保存は別エリアにできる。(あらかじめ保存しておいた以外の)過去の作品にはアクセスできない。将来的には、「アプローチ1+アプローチ2」のハイブリッド型もありうる。

参入できそうな企業は、電機メーカー、BUFFALOやIODATAなどの周辺機器メーカー。

■アプローチ2(システム):アプリケーションプラットフォームを構築する

iTunes TV Storeか、Android Marketで、「番組データ」or「番組を快適に視聴するためのアプリ」を低価格で購入する。番組データは、無料〜100円とかそういう感覚の価格。アプリも、App Storeで売っているような価格。

参入できそうな企業は、Apple(iTV)、Google(Google TV)、amazon、Facebook。

■アプローチ3(システム):SNSを窓とするTV視聴環境を構築する

昨日、このブログ記事(【SNS】情報はタダでは守れない)を書いた後で、このアプローチ3を思いついた。逆に考えれば、我々の個人情報と行動パターンは金(カネ)になる、と。だったら、それを逆手に利用して、こちらも情報を提供するから、そっちも無料でサービス(TV視聴)を提供してくれ、と。

SNSは、現時点では、Facebook、Google+、mixiなどを想定している。

SNSのWeb画面からTVを視聴するスタイル。SNSにはビデオチャットの機能があるが、あのイメージでTVを視聴する。リビングのTVの場合は、TV自身や、PS3/Xbox/AppleTVなどに内蔵のブラウザからSNSにアクセスし、そこから視聴(ちょっと面倒?)。

ユーザはSNSのWeb画面からTVが視聴できる(過去の番組もアーカイブされているし、現在の番組もストリーミングされる)。過去も現在も意識せずとも、1クリックで再生する。視聴に際しては、個人に特化した広告が入る。

スポンサーは、(従来どおり)テレビ番組にスポンサードする。ただし、SNSから得られるフィードバック情報があるため、スポンサーは、「いつ、どんな人が、どこで、どんな内容の番組を見て、どう思ったか」という良質な情報を受け取ることができる。よって、スポンサーは従来比で広告料を上積みすることになる。

TV放送局は、上積みされた広告料の一部を、仲介料としてSNSに渡す。SNSはそれを、TV視聴サービスの運用費に回す(サーバ増強及び回線増強費用等)。TV視聴により集められる情報は、SNS自身にも有益な情報となる。

ユーザは、TV番組に対する「自分のフォロワー」や「友達」のアクティビティ、視聴率がわかる。世の中の視聴率より、友人の視聴率の高い番組は見たいというニーズがある。

参入できそうな企業は、Google(Google+)、Facebook、Apple(iCloudをSNSの代わりに使ってもいい)、Microsoft、mixi。

以上。
posted by Sakak at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ガジェット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月15日

【時事】再雇用義務化より高齢者が自ら稼ぐビジネスを支援すべき

高齢者雇用:65歳まで再雇用義務化 希望者全員、法改正目指す−−厚労省(毎日新聞)

このニュースをボブさんに教えてもらい、Aliceさんとやりとりをした。この件で、私の考えをまとめておく。

▼@meetmebob(ボブさん)発信


▼Sakakリツイート→@alice_smith27(Aliceさん)返信



結論から言えば、私は再雇用義務化には反対。反対というか、後手後手の対策でしかないので、高齢化問題を抜本的に解決する施策を進めてもらいたいし、そういうことにこそ税金を使ってもらいたい。

「がんばるお年寄り」は支援すべきだが、一律に再雇用を義務化するというのがひっかかる。負担はすべて民間企業だし。雇用期間を先延ばしするつじつま合わせは、未来のある若者の雇用機会を減少させることにもつながるわけだし。

年寄に「社会に接するな」と言ってるのではない。むしろ逆で「社会に接して生きてほしい/生きたい」。ただし、それは誰かに与えられるものではなく、自分たちでつかみ取れるようにするのが理想。

「会社を定年する」=「社会から切り離される」って受け身に構えていてはいけない。定年になったら、(体が元気なら)そこからは自分で社会に繋がっていく努力をする。体に問題がある人は国が面倒を見ていくとしても、元気なのに面倒みてもらおうなんて甘え過ぎ。

年寄り自らが(彼ら・彼女ら自身で)お金を稼いで対価を得られるような、そういうビジネスを考える必要が今後はあるだろうね。

下記に紹介する「葉っぱビジネス」のおばあちゃん達のようになるのが1つの理想型だと思う。

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“葉っぱビジネス”の上勝町で、高齢者がパソコンを使いこなせる理由 - 電子行政:オピニオン/インタビュー:ITpro
おばあちゃんでも使える――葉っぱビジネスにAndroidタブレット活用 - ITmedia プロフェッショナル モバイル

都市部で生活する年寄りだって、知恵を使えばきっと何かあるはずだ。時代は、ハードからソフトへ移っている過渡期だ。形あるモノを作るには体力がいるが、頭なら(年寄りでも)冴えている人達がいっぱいる。それを腐らしておくのはもったいない。

再雇用義務化制度を作っても、問題を先送りするだけで根本的には何も変わらない。マイナス影響により、民間企業の業績がますます落ちていくだけだろう。

今の日本に企業に求められている、「モノ作りからソフト主体への構造改革」や「製造部門はEMSへアウトソースしてリソースを上流に集中する⇒人員を絞り込む」とか、そういう動きに逆行している話だし。

「年寄りは、若いもんの世話になってちゃいけないね!」20年後の自分がそう胸を張って言えるように、自分にできる社会への接し方、貢献の仕方を今から考えていきたい。

□関連記事
少子化問題って何の問題?: Sakak's Blog(2011.2.6)
posted by Sakak at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月14日

【Gadget】ソーシャルマガジンはあらゆるメディアを同一階層化する

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ソーシャル上で花開く“雑誌”が続々創刊:瀧口範子「シリコンバレー通信」

Flipboardとは、iPad/iPhone向けの「ソーシャルマガジン」と呼ばれる、ニュースリーダーだ。私も毎日使っているアプリである。つい先日、Googleが「Google currents」を発表した。

ニュースリーダーに登録できるサービスは、Twitter/Facebook/tumblr/flickr等、主要なものをカバー。(Google+は現時点で未サポート)

ソーシャルマガジンは、ネット上の様々なサービス(メディア)を、ひとつのレイヤーに閉じ込める。利用者は、元ソースのありかがどこかなんて気にせずに、コンテンツに集中できる。この感覚が心地良い。ネット上のあらゆる情報を1つの入口から優れたUIでアクセスできるのだから。

今後、各メディアは、情報のソースをソーシャルマガジンから閲覧できるように連携(対応)させてくるはずだ。そうなったとき、あくまでも「放送波」というインフラにいつまでもしがみついているテレビというメディアは、他のメディアにどんどん引き離されていくのではないか?

テレビ放送、テレビ番組をネット上で自由にハンドリングできるような仕組み作りが必要なのではないか?そこが、テレビは他のメディアより圧倒的に遅れている。

iTunes StoreやAndroid Marketなどのようなプラットフォームで、アプリや番組を無料、50円・100円程度で、ワンクリックで購入できるような「アプリケーションプラットフォーム化」が急務だろう。近道で行くのか、遠回りするのか知らないが、目的地はそこしかない。

ソーシャルマガジンという良質なコンテンツビューワーの選択肢に入れてもらえないメディアは、黙って陳腐化していくだけだ。
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2011年12月11日

【Gadget】Panasonicスマートフォンはグローバル市場で相手にされないと思う件

■パナソニックの戦略に対する疑問

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パナソニック、スマートフォンで海外市場に「打って出る」--2012年に欧州から - CNET Japan

「もう端末だけでは勝ち目がない」という状況がまだわからないらしい。プラットフォーム(Apple/Google)を完全に抑えられているスマートフォン/タブレット市場は、端末だけを売るというビジネスは薄利多売を強いられ、先の見えない戦いになっていることは明白だ(主導権は完全にプラットフォーマーに握られている)。

端末ビジネスに着目してみても、国内市場ではiPhoneとSamsung(Galaxy)にやられっぱなし。そんな状況で、欧州へ出ていくという戦略は果たしてうまくいくのだろうか。

そもそも、NFCはともかく、「薄型で防水・防塵のミッドからミッドハイレンジ」という、日本ではよく見るカテゴリーは、グローバル向きなのか?

パナソニックがやらないといけないのは、スマートフォンという端末だけの展開ではなく、タブレットやTVやその他AV機器全てが同じプラットフォームにのったビジョンを見せることではないのか?その実現には、後ろ盾となるクラウド型のネットサービスが必要になる。

クラウド型のネットサービスを成功させている会社とは、Google、Microsoft、Apple、amazon、Facebookなど。今のところ、スマートフォンを出していないのは、後ろの2社(amazon/Facebook)だが、いつ出してきてもおかしくないし、出せば売れるだろう。ビジネスモデルが、クラウド型のネットサービス全体で収益を上げるようになっているからであり、端末は「クラウドの窓」という位置づけだ。その端末をクラウドサービスに最適化すれば、クラウドサービスを使いたい大勢のユーザが必ずその「窓」を選ぶ。それだけで売れる理由になり、それこそが(スマートフォンが)売れる理由なのだ。

■パナソニック製クラウドサービスがうまくいかないと思う理由

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2011 International CES:「VIERA Tablet」発表 パナソニック、年内に発売 - ITmedia ニュース
パナソニック、新TVネットサービス「VIERA CONNECT」 -AV Watch

「VIERA Tablet」はともかく、このクラウド型のネットサービス「VIERA Connect」については、今日始めて知った。それほどに、注目されていない、ということだ。パナソニックのハードウエア限定のサービスなのだろうから、仕方がない。こういう仕組みでは、イノベーションを起こすことはできない。「アクトビラ」がなぜうまくいかなかったのかも、パナソニックはわかってない。UIの一例(画面)を見ていても、これではダメだと直感でわかる。(アクトビラと)同じ過ちを繰り返すことになるだろう。

■スマートフォンという端末に関する今後の展望

クラウド型のネットサービスとセットで訴求していくことが必要。まだスマートフォンを提供していない会社、例えばamazon、Facebookと組むのがいいのか、自社で用意するのがいいのか、いずれかを選択し、そのサービスを核として、クラウドの窓という役割で、スマートフォンやタブレット、TVなどを出していくべき。

今後は、日本国内も世界市場でも、一部のハイエンドモデルを除き、ミドルレンジ以下のモデルを中心とした低価格モデルに大きな需要があると考える。iPhone/Samsung(Galaxy)によってハイエンドのカテゴリーを完全に抑えられている状況の中で、(手堅く)狙えるのはミドルからローエンドのゾーン。そこを、日本国内及びアジアを中心とした途上国向けに出すべきだろう。
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2011年12月02日

【Gadget】今のスマートフォンは誰でも使えるレベルにない

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スマホ解約したい:国民生活センターで最も多い相談 - 村上福之の誠にデジタルな話

国民生活センターへのスマートフォンに関する相談の話。

スマートフォンの相談のうち、3分の1以上が「解約」に関する相談だという。

ふだんスマートフォンをあたりまえのように使っている我々が感じている「当たり前」のことが、「当たり前」とは感じられない人が、まだまだ大勢いる。スマートフォンの売上は右肩上がりだと言うが、果たしてそういう人がこれから変わっていけるだろうか?

今のスマートフォンのレベルは、誰でも使えるレベルではない。間違いなく。それは感じる。

テレビなどのニュースでの「あおり」と、実際のスマートフォンの、IT弱者に対する作りの完成度とのバランスが悪いと思う。「スマートフォンは、使う人を選びます」って、誰も言わないもんね。

現在のスマートフォンのレベルのままだと、「使えない」と感じている人に対して、使えるようにしてもらう、とか、覚えてもらうとか、こういうものだとわかってもらうとか、俺は、ほぼ無理じゃないかと思ってる。今のままでは無理。

現在、携帯電話を使えないと言っている人は、かなり少ない。ここは、1つ大事な材料だと思うし、成果だと思うので、そこに注目すればいいと思う。

あのレベルまで落ちれば使える。メーカーは、もっとシンプルなものを作る責任がある。

スマートフォンというのは、ある意味、自由度が高く、使える人には利点だけど、使えない人には、いつまでたっても理解できない、自分のものにできない印象を与える。

機能を絞って、従来の携帯電話ライクな作りのスマートフォンにすればいい。もう、スマートフォンなのか、従来の携帯電話なのか、そんな意識もいらないくらい、今までどおりの電話を出してあげることはできるよ。UIだけの話だと思うので。

開発するメーカーも、売りさばく通信キャリアも、高機能・高性能をフューチャーするだけが仕事じゃない。「誰でも安心して使えるようにするにはどうすればいいか」にお金をかけ、時間をかけることも忘れないでほしい。
posted by Sakak at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ガジェット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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