2011年06月01日

【恋愛】文字だけで人を好きにはなれないと思う件

ネットで出会った男女が、文字のやりとりだけで恋愛をすることができるのか?という話。私の答えはNo。

■お互いに、頭の中を文字化していれば、相手を知ることが楽なのか?

ネットである記事を読んだ。

彼女は、ある男性と付き合い始めることになったそうだ。彼女も彼も、ネットを使って自分の思いを発信することに慣れているようだ。彼女曰く、「お互いに頭の中を文字にしてネットに置いてあるから、相手を知ることも交際をスタートさせることも楽」とのことだった。

良いとか悪いという話ではない。あっているとか間違っているとか、そんなことを言うつもりもない。ただ、私とは違うな、と感じた。

ネットに置いてある(不特定多数向けに書いた)情報は、恋愛相手が必要としている情報なのだろうか?私の答えはNo。ビジネスパートナーなら、いい。友達ならいい。でも、恋愛の相手では、話が全く別だろう、と私は考える。

少なくとも、私は恋愛相手が必要としている情報など、ネットに置いておくことはしないし、置けと言われても無理と言う。ネット上でないにしても、メールに書け、と言われても無理かも知れない。そもそも、デジタル情報にさえ、できないのではないかと思っているから。本当に大切な相手なら。

■自分が伝えるべきと思っていることと、相手が知りたいと思っていることは違う

映画「秒速5センチメートル」の中で「1000通のメールのやりとりをしても心は1センチくらいしか近づけませんでした」というセリフがある。そう、1000通のメールをやりとりしても、相手が必要としているものがそこに無ければ、心は1センチも近づけないのだ。1000通のメールのやりとりよりも、1度、会って得られることのほうが、二人がもっとはやく前に進むことができたに違いない。

けっきょく、自分がアウトプットしている情報(メールに書いた文字)は、自分都合でアウトプットしたい内容だけで構成されている。それが相手が知りたい情報とは限らないし、ましてや相手が感じたいことでもない

所詮、男なんて、女のことをたいしてわかってない。女だって、男のことをわかってない。スタートをそこに持っていくと、少し見えてくるものがある。

恋愛において、「これは伝えた方が良いだろう」と自分が思い込んでいることと、相手が「知りたい」と思っていることは、違うかも?と考えたほうがいい。

そう考えた時、文字だけで構成されている情報で人を好きになるなんて、かなり無謀なことのように思う。

■感じることしかできない

文字という媒体に自分の思いをアウトプットして、それを相手に送るという行為が「心を通わせている」と錯覚してしまうと、恋愛は難しいかもな、と思う。

恋愛って、そんな簡単なものではない、ということ。

所詮、相手のことなど、「感じる」ことしかできないのかな。だったら、相手に「文字(言葉)」を求めるのではなく、また、自分も相手に「文字(言葉)」を投げつけてばかりいないで、「感じる」ことに徹してみてはどうか?

そう、同じ場所で、同じ空気を吸って、同じ時間の流れを感じて。時には笑い、時には見つめ合い、時には悲しい顔をしながら「平気だよ」と言い、時にはそれを黙って抱きしめる。

それが恋愛なのではないかな?お互いに、自分が「楽しい」「時間を共有したい」と感じ続けること。それを計るのが、恋愛では?

そういう時に、必要以上の文字のやりとりっていらないんじゃないかな、と思う。

「自分のことを知ってもらう」「相手のことを知る」そういうことに気をとられてばかりでは、見たい景色が見えず、大切なものも失ってしまう。

恋愛は、経過。結婚は、結果。恋愛のうちは、経過を楽しんでほしいけどね。文字のやりとりばかりにこだわらず。

恋愛なんてカテゴリで久しぶりに書いて、肩が凝った。とうぶん書かないよ(笑)。

以上。
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2010年09月17日

リストラ離婚されそうな主婦について考える

読売新聞 発言小町より

「至急助けてください。リストラ離婚されてしまいそうです。」

これを読んで最初に考えたのは、この奥さん、社会に出て働いた経験あるのかな?と。そのへんの意識がダンナとのギャップになっているような。カンですけど。

しょせん、夫婦間の問題は夫婦で決めたことが法律。周りの誰かに救いを求めるものでもない。閉じた世界でお互いが納得していれば、どんなカタチでもアリだと思う。

夫婦間の役割は、得意なほうがやればいい、というのが私のスタンス。ただそれだけの事。この奥さんは「自分にやれる事は何か(自分がやるべき事は何か)」に気づいていなかった。今、こういう状況になって気がついたなら、謝まって彼の理解を得るべき。それでもまだわからないなら、別れましょう。

「事ある毎に専業主婦であることをネチネチと責め立てていました。」という彼女の説明が実際どの程度のものか、多少気になるものの、「これが1年前です。それからの私は朝起きても何もすることもなく、テレビやネットをすることしか出来なくなりました。外に出かけたくとも、この小遣いでは何もできません。」という部分は、全く同情の余地はありませんでした。

以上です。
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2010年09月13日

オチない男

先日の同窓会関係のお楽しみ会に出ていた時、となりのブースで、合コンやってましたね。トイレに行くとき、一瞬、ちらって見たら、間違いなく。だって、一列に男と女が並んで向かい合ってるって、絶対そうでしょ。大学生くらいかな?とか考えながら。ただ、いまいち、盛り上がりに欠けていたので、うーん、失敗?とか、勝手に評価を下してあげていたんですが。

その合コンの隣で、私たちは、昔話でバカ騒ぎをしてたんですけど何か?(笑)

合コンと言えば、”合コンセッティングサービス”って知ってます?10年以上前だと思うんですが、一度だけ行った事がありまして。その時の話を少し。

普通の合コンと違うのは、一人でも参加できるってことですかね。つまり、手ぶらで参加できるってこと。ほんのちょっとの勇気があれば(笑)。私が行った時は、男2 対 女2 の会となりました。男同士も女同士も、それぞれ初めて会う人同士で。自分以外は他人なんだから、ガチな戦いになりますよね。特に男同士は。

男子は、20代中ばくらいで、そこそこのルックス。女子は、20代中ばくらいの人と、私と同じ30前後くらいの子。いちおう、セッティングする会社の方が、仮想ターゲットをセッティングしてきたってことか?でも、私の中では「でもごめん、おれは若い方行くけど」みたいな即決事項がありながら。

始まってから、トークの切り出しとしては「この会を使うのは初めてかどうか?」的な事になりますよね。で、聞いたところ、初めてじゃなかったのが、私以外のもうひとりの男子だけ。2,3回目だとか。けっこうやってるんだ〜、ふーんと。その時はあんまり気にならなかったけど。私の所見では「こいつ、なんでこんなところにいるの?自分で彼女作れるだろう」的な感じ。見た目では。

そんなことを考えながら、会は粛々とスタート。とりあえず、会話を少しづつ回すことに。どうも、女子の一人(年が上のほう)が、始まるやいなや、豪快に飲み出した(笑)。もう離脱か!とか思いながら、気にせず話を盛ったり回したりと、私が多少、コントロール。やや年上だし。

そんなこんなで時間が少しづつ過ぎていくわけだけど、どうも、この男、おかしい。何がおかしいって、”話がおもしろくない”。そしてその話がおもしろくない理由が、”話にオチがない”(致命的)。

例えば、こんな感じ。(実際、このような話をしていた)

男「私の住んでいる家の隣に、おばけが出るらしいんですよ。」
男「その部屋、大学生が住んでいて、なんか、夜になると物音がするらしいんですよ。」
男「。。。。(シーン)」

そこで、なんかニコニコしてるわけ。残り3人は、「で?」って思うよね。で、たまりかねて「そしてどうしたの?」って聞いたら、
「あ、これで終わりです」みたいな。

「おわりかいっー!」って心の中で突っ込みましたけど。そいつが友達なら、声に出すし、なんなら手も出しますけど(笑)。

こんな場所で”話にオチがない”って、どういうことですか。関西だったら、死を意味しますよ(笑)。合コンセッティングに2度も3度も来てるのってそのせいじゃないですか!

もう、ずーっとそんな感じで。しゃべってる本人は楽しそうなんだけど、こっちは笑うポイントがわからず。なんか、私もそいつにひっぱられて沈没しないよう、必死でしたが。

けっきょくその日は完全にナシな感じに。2次会に行こうと、彼といっしょに二人を誘うにも、空振り。まあね〜、このにーちゃんといっしょではねえ(と、私は人のせい)。その後、男二人になり、彼からの言葉「なんか、うまくいきませんでしたね。」えー!みたいな。お、おまえの。。。。(以下、略)

で、最後に、その問題の彼とメールアドレスを交換させられました。なんか、私の事が気に入ったらしく(え?まさかそっち?)。後日、メール来ましたよ。「今までで一番やりやすかった、今後とも仲良くしてください。」と。まったくもって、笑える(笑えない)話です。

以上。
posted by Sakak at 23:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月03日

愛人契約について私も考えた

元ネタ:
はてな匿名ダイアリー 「愛人を作った。」

本書き込みに対して税法的解釈でコメントしているぐっち氏のブログ:
投資十八番 「愛人契約」を考える

今日、ぐっち氏のブログをきっかけに、この匿名ダイアリーの内容を知った。ぐっち氏の解説もおもしろく、これをきっかけにその他のブログ記事もいくつか読ませていただいた。

で、この愛人契約の話なんだけど、私なりに考えたことを書こうと思う。むろん、私は税法的解釈を行うような知識もないので、あくまでも男女の関係という視点から。。。

その前に、この「はてな匿名ダイアリー」という存在は、私は今日初めて知ったが、文字どおり、匿名で日記が書けるサイトなんだろうね。その特性上、事実か否かという議論もあるだろうが、ただ、私は本当にあったできごとなのかな、と読み取った。

私がそう考えたのは、彼の身の上を説明する最初のあたりで。書き出しで「12年前に離婚し子供もいない。恋人も8年いない。」このあたりに、リアルさを感じたからね。整理すると、おそらく20代で結婚、31歳で離婚、その後、恋人とつきあうも、35歳で別れ。なんとなく、私の経験からも、いかにもありそうだと感じだから。特に、離婚した後につきあった彼女と35歳で別れた時が、彼にとっての分岐点になったのでは?とても大きなインパクトがあったのではなかったかな、と。一言で言えば「もう、疲れたよ」と。

そんな彼の人生の背景があったこと踏まえ、いろいろ考えてみたのだけど。

二人の関係は「何が悪いのか」ってことを、今日半日、ずっと考えてた。お互いの納得の上であり、こういう話でありがちな「誰かを裏切っている」ということもない。しいて言えば、彼女は未成年(19歳)なわけだから、彼女の親を裏切ることにはなりえるけどね。ちょっとその話はおいとくとして。

いろいろ考えた結果、「彼女にとってどうなのか」というところにたどり着いたよ。43歳男は別にいい。自分主導でやっている話であり、彼が楽しもうが、傷つこうが、犯罪に巻き込まれようが自業自得だし後悔はないはず。どうなったって、彼にとっては楽しかった思い出でしょう。

でも、彼女にとってはどうかな。

19歳の彼女はまだ若い。今時点での彼女の価値観や人生観では、自分のやっている事はOKかもしれない。自分から面接を受けに来ているんだからOKなんだろう。でも、本当にそうかな。そうやって過ごしている時間、そうやって手にするお金、そういうプロセスが彼女自身の価値観や人生観を作りあげていくのでは?つまり、43歳の彼は、それだけ彼女自身に影響を与えているってこと。その責任をどうこうとは言わないが、自覚しておく必要はあるんじゃないかな。年上として、男として。まあ、そんな自覚があれば、こんな事はしないかな。彼のコメントに「この程度(15万円の事)で彼女を拘束していいのかとさえ感じるかな。」と言っているとおり、気にしているのは金額の事だからね。

例えばだけど、彼女、この先、ふつうに社会に出て働けるかな?19歳ってこれからだよね。これからいろんな事に触れて自分のやりたいことを探しながら、さまよい歩いて、いろんな事を身につけていくんだよね。お金を得る苦労や大切さや、そういうものを身につけていくんだよ。今、こういうことしちゃうとどうなっちゃうんだろうか。

なんか、彼女のお父さん目線な考え方かな。でも、実際、彼女のお父さんと年は近いと思うけどね(苦笑)。この彼も同じで。

「愛人っていいよね、まさに”男の夢”」とか、書こうと思っていたらちょっと違う方向に話が流れてしまいました。

おしまい。
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2010年08月20日

自分を知ることが近道だった

ひさしぶりに書きます。8年ぶりくらいかな。
このホームページを通じて、とくに恋愛について、(今思えば)そうとう偉そうなことを過去に書いていた。そんな私はというと、恋愛や結婚については、ホームページ上で自信満々でしゃべっているのとは裏腹に、常に迷走していた、と言っても過言ではなかった。「口で言うのは簡単だけどね」ってことです。そんな話を少ししたい気分になりました。

たぶん私は、自分の思い描く理想をもとに、答えを探し、しゃべっていたと思うんですね。まあ、その方向性は今でも大きくは間違っていなかったとは思っています。ただ、現実世界の私はどうだったかというと「自分がどういう人間かということをわかっていなかった」。それに気づき始めたのは、ここ5,6年の話で、それまでの間、つまりホームページを更新し続けていた間というのは「自分の事は棚にあげて」状態だったんだな、と、今振り返ると思います。

けっきょく同じタイプの人を好きになってつきあう、というのはいいでしょう。人それぞれ、好き嫌いはありますし、好きなものはどうやったって好きでしょうからね。でも、いつも同じようなことで、おなじような理由でだめになってしまうとしたら、それは自分に問題がありますよね。どこがだめだったか、気づく必要がありますよね。

それは、自分がふろうが、ふられようが、同じですよね。ひとつの恋愛が終わってしまう、その理由はお互いにあるはずで。ちょっと厳しい言い方ですけど、たとえば自分がひどいふられ方をしても、ひどいやつにかかわった、と思ったとしても、そういう人を選んだのも自分なんで。

そういう意味で、私は過去にすごく人をかき回してきたんだな、とやっとわかったんですね。どうもこの年になると、過去を振り返る時間が多いんですけど。気持ちが落ち着いて、冷静になれているからなのかもしれません。ただ、自分のした事が、具体的に映像に残っているものについては、そういう「妄想」だけで、じゅうぶんせつなくなる時があります。

ちょっと遅いかな、気づくのが。もっとはやく気づいていたら、もっとちがった人生であったと思います。ただ、それがあったから、今の、安住の地があるのかな、とも。ここに来るまでずいぶんかかってしまいました。自分を知ることが近道だけど、そんな近道はないんですかね。
posted by Sakak at 21:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 恋愛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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