2011年11月24日

【ネット社会】ネット住人と非ネット住人の共存の道

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SNSやTwitterを通じて、リアルな世界からネットの世界へ人の流入が起きている。このスピードが加速している。特にSNSやTwitterは、ネット上に「場」を作るツールであるから、そこで人と人との「こぜりあい」が起きる。

■過去にネット上で何度もあった「こぜりあい」

私は25年前からネットの世界に足を踏み入れてここまできているが、ネット上での「こぜりあい」というのは、昔からあった。

ただし、それは(振り返れば)ネット住人vsネット住人という構図だった。同じ人種同志の戦い。全面戦争に発展することもあったわけだけど、長期的に見れば、一瞬の出来事程度。私もいくつかこぜりあいは経験あり。(注1)

■ネット住人vs非ネット住人

しかし、今、起きつつあることは様子が違う。ネット住人vs非ネット住人の構図になっている。やっかいだ。

非ネット住人というのは、まず、リア充。次に、ネットに遅れて入ってきた人、慣れてない人。さらに、ネットの事を全く理解していない(又は間違った理解をしている)おっさん、などなど。非ネット住人は、ネットを1つのツール程度の意識でやってくる。カジュアルユーザーとでも言うのかな。

それに対してネット住人は「ネット世界では誰にも負けない」という意識が高い。それが自分の存在意義でもあるからね。地球人(非ネット住人)vs宇宙人(ネット住人)くらいの差がある。

あらゆるネットメディア(Twitterやmixi等)で昨今、問題化してるよね。「非ネット住人が暴露」⇒「パトロール中のネット住人が発見」⇒「ネット住人が通報」⇒「学校・会社が謝罪」のソリューション。これなんか、まさに、ネット住人vs非ネット住人の構図でしょ?

■これからのあるべき姿は「共存」

リアル世界とネット世界では、世界が違う。そして、今までずっとネットを主戦場として戦ったきた人と、リアル世界から最近やってきた人とでは、見える景色も考え方も違うはず。ネット住人、非ネット住人とキレイに分かれるものでもないが、そのくらい、根本的な考え方に違いがあるということは、お互いが理解しておいたほうがいい。無用な争いを避けるため。

そのためにも、「共存」ということを、頭に入れながら進めることが必要。簡単ではないけど、やる意味はあると思っている。これからの未来は、ネットとリアルをビジネスでもプライベートでも行ったり来たりしながら過ごす、「ハイブリッドな時代」になるのは間違いないから。

(注1)
15年前くらいの出来事。私がやっていた個人サイト(200人くらいの固定ファンを抱えていた)と、同じく個人の女性(主婦)が運営している人気サイトとで、共同(コラボ企画?)でホームページのあるコーナーを作ることになった。最初は楽しくやれていたのだが、ある時に、彼女が私に逆上?(原因不明)して、ネット上で私を罵倒し始めた。私のページのファンの人たちが、それに反応してネット上で応戦。相手のページのファンも、それに応戦。お互いのサイトが大炎上。全面戦争突入。私自身は、終始、ダンマリを決め込んでいたんだけど、落とし前はいると思って、最後は大人的対応で、締めた。相手は、ずーっと、ぶーぶー言ってたけど。今となっては楽しい思い出(苦笑)。
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2011年11月20日

【SNS】どのSNSを使うかは、どんなリアクションを期待するかで選ぶ

ツイッター・Facebook・Google の使い分けは「誰に情報を届けるか」で考えればすぐわかる | Lifehacking.jp

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Twitterは放送のようなブロードキャスト型(場を共有していない)、Facebookは居間に全員が集まって談笑、Google+はそのいずれでもなく、見知らぬ人との濃厚なやり取りが可能、という例えが面白い。

文末にも書いてあるが、どれを使うかという答えは、どんなリアクションを期待するか、なんだと思う。どんな内容の話をポストするかによって、期待するリアクションは様々だと思うので。それぞれのSNSを一通り使ってみると、リアクションの速度や内容が異なることを実感する。それに応じて自分が望む使い方を構築していけばいいんじゃないかな。

個人情報大セール/quipped

少し話は違うが、Facebook(に代表されるSNS)の、弱点をうまく突いている記事だと思う。どのSNSを使うか、という話と同時に、こういう影の部分も知っておいたほうがいい。

>Facebook友達の中にアホが一人でもいて、そいつがボットに引っかかると、
>自分もボットの「友達の友達」になってしまう

ココです。つまり、誰と友達になるのかが、非常に大事ということです。

まあ、とはいっても、(Facebookは)「友達」というネーミングをつけちゃったことで、ものすごく「断りにくい」雰囲気を出してるよね。あれが「フォロー/アンフォロー」だったら、また、だいぶニュアンスが違ったのに。

そうやって考えていくと、Facebookにはポストできるけど、Google+にはポストできない、みたいな情報ってほとんどないな。どっちにしても、ネットに出すことには変りなく、出せるものは出すし、出せないものは(どちらにも)出せない。

Facebookは、「囲われている」というぼんやりとした雰囲気があるからこそ、逆に、危ないかもしれない。

以上。


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2011年11月19日

【Blog】SNS時代だからこそ必要になるブログという存在

なぜ今、ブログなのか - jkondo's blog

これは、はてなブログを運営している方のブログだろうか?(詳細は不明)

私がブログを書いている理由が、ここに書かれているような気がした。私は、「静」と「動」(「ブログ」と「SNS」)のような位置づけで考えていた。

SNSを使うようになればなるほど、ブログも同時に、より必要なツールになってきた気がする。

SNSもTwitterも、時限式だ。賞味期限はせいぜい24時間くらいかな。次の日に、そのスレッドを見つけても、もう盛り上がりが終わっていたり。だからこそ、時間を共有している楽しさがある気がする。これはこれで素晴らしいんだけどね。

でも、それだけでは、何かが足りない気がしていて。

ブログは、自分が何かと対面し、その思いをアウトプットし、それを残す(ストックする)という位置づけ。後から思い出して読み返すことも可能。だからこそ、書く時に力も入るし、時に熱くなることも。その思いが、読み手に伝わった時に、他のサービスでは得られない、大きな満足が得られる。

ブログに対する不満が1つだけあった。システムの作り(特にUI)がクールじゃない。古い。そこは不満だった。自分でサイトをおこして、Wordpressで作ろうかと思ったけど準備する時間や労力を考えると、二の足を踏んでいた。

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そこに、Hatena Blog betaが登場(現在、クローズドベータ公開中、招待制)。Google+を初めて使った時のような、良い感触がある。UIがシンプル。機能は足りないことばかりだけど、でも、最低限、必要なものはある。なんとかなる。

シンプルであり、それがクールであるということは、Appleの作り出すものを触れている人は感じているはずで、そういう人に受け入れられているのではないかな。限定的に申し込みを始めても、すぐに予定の枠を超えてしまう状態が続いているようだ。

このブログ記事を書いた人は、今、この時代に何が必要かがわかっている。そんな人がやっているブログなら、安心して使えそうだ。期待できる。

今日、作り始めたばかりだけど、試しに記事を書いてみた。使い勝手は悪くない印象。

Sakak's Gadget Blog(試行中)
※もし、読んでいただけたら、記事末のボタンを押していただくことは大歓迎です!

試行中とはいえ、更新はしばらく続けますよ、たぶん。興味を持っていただいた方がいたらブックマークをお願いします。ただし、まだ正式公開ではありません。まだ、本運用を始めるには、あまりにも機能が足りなすぎるので。

あくまでもお試しで。Seesaaで書いている本ブログは引き続きこちらで行います。将来的にはわかりません。私は、気持ち良いところで書き続けるだけです。

以上。
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2011年09月13日

【ネット社会】ネットネイティブとの共存はできるのか?

「ネットネイティブ(14〜23歳)」と「インターネット紀元前世代(34〜75歳)」における、「感覚の違い」や「求めるつながり方の違い」について考えてみる。

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■ネットに足を踏み入れたその時

私がネットに足を踏み入れたのは、1987年頃、パソコン通信全盛期だった。インターネットよりも前の時代。バイトで貯めたけっこうなお金で、パソコンとモデムとパソコン通信ソフトを手に入れ、大手通信会社の会員になった。

自分の部屋のパソコンから、遠隔地にあるコンピュータに接続する瞬間というのは、毎度毎度、ワクワクしていたのを覚えている。当時、周りにはパソコン通信をやっている人がいなかったので、本を買ったりパソコンショップの店員さんに助けてもらったりしながら、独学でどうにかこうにかたどり着いたという達成感もあった。

■ネットネイティブは生まれた時からネットがインフラ

1986年以降生まれ(14〜23歳)の人たちを「ネットネイティブ」「デジタルネイティブ」と呼ぶらしいね。小学校3年生までにインターネットを体験している人たち。対して、私が所属する(笑)、1976年以前生まれ(34〜75歳)は「インターネット紀元前世代」、別名「デジタルイミグラント」。アナログからなんとかネット時代に移民(イミグラント)してきた層だってさ。うまいこと言うね。

私が、パソコン通信でネットにアクセスしてから24年が経過している。今、大学生くらいの人たちには、物心ついた時にはパソコンやネットが目の前にあり、「ネットでつながる」ことは当然の感覚なんだろう。

水道の蛇口をひねったら「水が出る」のがあたりまえのようにね。24年前の私は「水が出る」ことを毎度毎度、喜んでいたようなものだから。(ただし、水(ネット)が出る家も、当時は少なかったのだけど)

水道・電気・ガス・ネット。今となってはネットはもう、ライフラインだね。音声の通話しかできない「電話」っていう「ライフライン」は、ネットに取り込まれた感じだ。

家の固定電話が携帯電話に変わり、さらにスマートフォンに変わる。ハードウエアで実現していた「道具」は、サービスやアプリと一体化した。そのことは、ネットネイティブには自然なことなのに、インターネット紀元前世代の我々の中には、ピンとこない人もいるのだろう。

我々が想像している以上に、世代間による、見えてる景色は違うのだ。

■ネットネイティブにどう見える?〜Twitter/mixi/Facebook〜

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そんな時代に生まれ育ったネットネイティブの目には、Twitterやmixi/Facebookはどう見えているのか?

Twitterが、ネットネイティブに「道具」というレベルで認知されてきているようだ。どことなく無機質で、ドライ。シンプルなインタフェース。基本テキスト文字で、文字数の制限があるのもメリット。めんどくさい主従関係もないし。道具として使うには良いのだろう。

道具というのは「連絡手段」であったり「情報収集手段」であったりするのだろう。電話や新聞が担っていた機能を、ネットネイティブはTwitterに置き換える事に抵抗感などないのかもしれない。

ではSNSはどうか?mixiを連絡手段に使うのに抵抗を感じる感覚は、インターネット紀元前世代の私にもわかる。重い道具になりそうな感じか?また、FacebookはFacebookで、ネットネイティブには「おっさん臭」がするんだろうな、きっと。日本の中学・高校、大学生でFacebookをバリバリやっていたら気持ち悪いでしょ?なんとなくイメージで。

でも、そういうイメージって影響力が大だと思う。芸能人やタレントで、Facebookページで情報発信している人、いないでしょ?ブログ+Twitterかな。

これから、そのネットネイティブが社会人になり、ビジネスの現場に飛び込んてきた時、SNSをどう使うのかor使わないのか興味があるな。俺はかなり「?」だけど。

■mixi/Facebookはネットネイティブ向けのサービス仕様ではない

私の持論なんだけど、今のmixiやFacebookで遊んでいる人たちは、「インターネット紀元前世代」が圧倒的に多く、その人たち向けに仕組みを作っているために、斬新さが少々足りない気がする。

私が24年前に始めたパソコン通信の延長線上にあるもの、という印象さえある。コミュニティが複数存在していて、そこに管理人がいて。コメントをポスト(掲示板に書き込み)して、みんなで共有したり。インタフェースはもちろん別物だけど、もっと深い階層にある設計思想みたいなものは、ずっと変わってない気がするんだ。足りないモノを足してきた感じ。とくに、mixiを見ていてそう思う。

軽いor重い、ゆるいorきつい というネットネイティブなりのフィルタがあるとすれば、彼らは前者のサービスをより好む傾向があり、そうなると、Twitterは○で、mixi/Facebookは×という結果も何となく想像ができる。ネットネイティブの人たちは、mixiやFacebookには入ってこないんじゃないかな。Twitterや、そういう方向性のものでないと興味の対象にならない。現時点なら、Twitterの概念を取り込んでいるGoogle+なら、味見をしてもらえそうな感触だ。

うまく表現できないけど、インターネット紀元前世代にとっては、便利で居心地のいいサービス仕様であっても、今のネットネイティブの人たちにとっては、mixiやFacebookはめんどくさいよ、たぶん。

「別にネットネイティブに受け入れられなくていいよ。俺たちはmixiにいれば居心地がいいしさ〜。」と思っているインターネット紀元前世代のあなた。もう、あと数年、長くてもあと10年くらいしたら、現在20代前半のネットネイティブが30代になり、そしたら、そんな(彼らに受け入れられない)レガシーなサービスは、一蹴されて終わりだよ。未来は若い世代が作っていくのだから。我々がそうだったように。

■ネットネイティブとの共存はできるのか?

Facebook、Google+の次に何が来るかって考えている「おっさん達(私も含む)」に言いたい。次の波は、もう、我々の感性から出てくるものとは別次元のものが出てくる、と。我々はそこに乗っかっていく、乗せてもらうという立ち位置になるだろう。我々の10年、20年先を歩んでいる先輩方がそうであったように。

これからどうなっていくかは、ネットネイティブの人たちがどう感じるか、何がウケるか、そのへんの感性にかかっている。つまり、それは、自分たちの子供の世代なんだよな。

(だから「子供に何を教えるか」というのがすごく大事なんだ。もっと言えば「何を/どういう順番で/誰が」。)

もしネットネイティブの人たちが「何も考えていない」「上の世代のことなど、知らない。俺たちは俺たちのやりたいことしかしない」などという状況(決裂)になってしまったら、世代格差が起きて、30代、40代以上が、既存のSNSのようなもの(レガシー?)にぶらさがり続け、20代前半より若い世代は、彼ら独自のネットサービスを築きあげ、交わることがないままになるかもね

それは避けたいな。おじさん達だけでやるには体力的に、きついし(笑)。

以上。

□参考リンク
「つながり方」を変えるネットネイティブの現在進行形(The Social Insight Updater/小川克彦氏)
今の現役の学生がどのようにネットに接しているのか、空気感のようなものを感じ取れた。ネットとリアルの境目が無くなれば無くなるほど、リアルのつながりを大切さを感じるようになる、ということも。

5つのネットネイティブ・ジェネレーション(KandaNewsNetwork/神田敏晶氏)
5つのジェネレーション分けがわかりやすく、ブログ記事に参考にさせてもらった。言われてみると、たしかに、と納得することが多い。自分中心で考えていたネット観を少しあらためるきっかけになった。

25年前の若者は何を消費していたか(コデラノブログ4/小寺信良氏)
昔、若者だった世代と現在の若者とを独特の切り口で解説。「お金の使いどころが違う」という視点と「ステータスの質」という視点から比較している、秀逸な記事。
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2011年05月05日

【ネット社会】誰でも使えるものだけが普及する

昨日、私のiPod touchから3G WiFiルータ経由で、妹家族のiPadとFacetime(テレビ電話)で通話した。ちょうど、私が親といっしょに、外で食事をしていた時のこと。片方(私)が外出先なのに、音声も映像もまったく問題ないレベルでテレビ電話ができてしまうことに私自身は(通話品質とアプリの出来映えに)満足したわけだが、それ以上に、家族は不思議な感覚を抱いていたようだ。「どうなってんの、これ?電話代はどうなるの?」みたいな。うちの、年配の親のことね。

■仕組みを知っているかどうかではなく、必要なものは普及する

25年前くらいから電子メールを使ってきた私の感覚では、電子メールがこれほど普及している事実はかなり驚きだ。使い始めた最初の頃、自宅のPCをネットに繋ぐということを理解してくれる人は家族にも友人にもいなかったし、電子メールという仕組みについても、説明しても理解は得られなかった。

それから25年がたち、家族全員が携帯電話をもち、電子メールで連絡をやりとりできるようになったけど、では、その仕組みを理解しているかというと、たぶんできていない。このボタンを押せば、入力した文字列が相手に伝わる、というインプットとアウトプットを覚えて使っているだけ。

でも、それでいいんだな。

これだけネットが普及したのも、仕組みが広く知れ渡ったわけではないしね。知らなくても使える「道具と環境」が整備されたことが大きい。そして、何より、「その道具が必要な社会」に変わっていったこと、が大きい。

■ネットの回線を使ってできることは、電子メールやWebブラウジングだけではない

ネットの回線でできることは、実はけっこう多い。ITが苦手な人ほど、わかっていないよう。これも「仕組みを知らなくても普及した」結果、なんだと思う。

少し、知っておいた方がよりおもしろくなる。

例えば、ラジオやテレビの放送は、ネットの回線を使って配信できる。もともと、デジタルデータというのは、全てファイルにできるわけで、デジタルデータがファイル化された瞬間、それらを世界中に転送するのは、どうってことない。

リアルタイムに放送を流すというのも、すでに確立された技術。

実際、radikoというサービスがすでに運営されており、PCやスマートフォン等があれば、ネットの回線を通じてラジオをリアルタイムに聞ける。

最近、私はカーオーディオにiPod touch+3G WiFiルータを繋げているので、車で走行中でもYoutube動画が見れるし、遠く東北地方のFMラジオも聴けてしまう。

radiko.jp 復興支援プロジェクト

テレビ放送については、権利的に許してないだけで、回線の帯域問題と併せてクリアできれば、例えば、TV放送などは、地上波ではなくブロードバンド回線を使って実現は可能だろう。

ワンセグなどというものも、本当はネット回線でやれば良かったんだろうな、と思う。そうしておけば、スマートフォンにワンセグチューナなどという、余分でムダなものがいらなくなったはずだ。より軽く、より電池を持たせることができたかもしれない。

本ブログの最初に書いたように、テレビ電話も、もちろんネットの回線で実現している。つまり、音声電話代として、電話会社に払う必要はなし。ネットを使うという契約で、かつ、定額契約にしていれば、無制限だ。通話相手が日本だろうか海外だろうが、関係ない。

うまく使えば、遠隔地の家族や友人と連絡をとるのに、従来のような長距離電話代というのは必要がなくなっている時代なのだ。

ネットの回線が、宅内(固定回線)でも、外出先(モバイル回線)でも使えるということが、生活をより便利にするという雰囲気を感じてもらえただろうか?

■AppleのFacetimeが教えてくれたもの

マルチプラットフォームなSkypeも良いんだけど、Appleデバイス限定のFacetimeのほうが、より良いかもしれない、と思えてきた。より単純で、誰でも使えて、アプリの前提条件が自社ハードに限定されるから品質もいい。余計なボタンもないから間違えようがない。

らくらくホン的な感じ。

これは、まさに、電子メールの仕組みも知らないのに誰でも携帯電話で電子メールを使えている話と同じではないだろうか?

このレベルまで、ハード・ソフト・サービスを整えてあげることで、やっと、普及するというレベルに到達できるのではないか?

じつは、iPadのキラーアプリは、Facetimeなんじゃないか、と思えてきた。そう考えると、今回のiPad2で(例え品質がたいして良くなくても)カメラが搭載されたことの意味は非常に大きい。

私も、ちょっとiPad2が欲しくなってきたかもしれない。実家の親にも持たせたいと思い始めた。PCやスマートフォンに触ったことのない妹やその子供達が、iPad2を渡しただけで、GmailやFacetimeを楽々使いこなしているのを見ていると、「誰でも使えるものだけが普及する」という思いが、より強くなった。

□参考リンク
アップル(iPad)FaceTimeで友だちや家族の顔を見ながら話しましょう。
アップル(iPod touch)iPod touchのFaceTimeでビデオ通話を。

以上。
posted by Sakak at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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