2012年01月25日

【SNS】SNSに欲しい3つの機能

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現状、SNS(主にGoogle+/Facebook)を使っていて、追加して欲しい機能が3つある。

■1.投稿したスレッドを、見やすく残せる仕組み

カテゴリ(ディレクトリ)毎に、プロフィール配下に保管していきたい。後から参加した人も、閲覧しやすい。時系列で追うやり方は効率が悪い。そして、各アカウント毎にカテゴリ分類されているものを、アカウントを超えてSNS全体を横断的に閲覧・検索できるような仕組みがほしい。

■2.あるテーマについて継続的に議論を続けられる会議室のような場

1と2は統合されてもいい。ポイントは過去の議論が見やすく残っていることと、リアルタイムでウオッチできていなくても、途中からでも話に加われること。

■3.Q&A機能

某知恵袋のたぐいは、SNSプラットフォームの中でやってこそ本領を発揮すると思う。匿名ではない「人」同士間では、教え合える情報の確からしさは期待できると思う。教えた人の評価が上がるメリットも機能として盛り込みたい。また、「○○さんが詳しいかも」という推薦機能も欲しい。

■まとめ

SNSとブログは、言ってみれば「揮発性」と「不揮発性」という違いがあると思う。賞味期限が違う。せいぜい、半日〜1日もたてば、投稿は流れていく。Twitterに関してはもっと短いんじゃない、せいぜい数時間かな。

流れていくからこそ気軽に投稿ができるという考え方もできるが、じっくり腰を下ろして(継続的に)議論したい、という投稿があっても、思うようにハンドリングできない。

SNSが流行りだしてもお、いや、なおさらブログを始める人が活発化しているように感じるのは、SNSには足りない「不揮発なもの」という役割をブログに期待しているからではないかな。

以上。
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2011年12月19日

【SNS】Facebookのセキュリティ設定が誤解を生みやすい2つのポイント

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Facebookを使っていく上で感じた「Facebookのセキュリティ設定で誤解を生みそうな点」について以下にまとめておく。

■情報の公開範囲を決められるのは、投稿主だけ

自分が新規に起こした「投稿」や「イベント」の公開範囲は、投稿主にだけ決める権利が与えられている。逆に言えば、自分が投稿主でないのなら、自分の発言(コメント内容、氏名、プロフ写真)の公開範囲を自分で決めることができない(投稿主が施した設定に依存する)(削除はできる)。

簡単な例で説明する。

例えば、友人Aさんが、「一般公開」で投稿した内容に、Aさんの「友達」であるあなたがコメントをつけたとする。この場合、Aさんの投稿は一般公開だから、あなた自身の投稿のセキュリティ設定が、例え「友達まで」になっていたとしても関係なく、あなたの「名前」も「プロフィール写真」も「投稿内容」も、当然、一般公開になる。第三者に丸見えになる。

一般公開ということは、ネットに接続できる人ならだれでもアクセスできる内容であること。この意識は必要。

また、Facebookページに書き込みする時はさらに注意。Facebookページは、特性上、基本的に一般公開である。そして、そのFacebookページの中で起案されたイベント告知の掲示板も、当然、一般公開である。Facebook内から、リンクを使って(うっかり)Facebookページに入ってきた場合、知らず知らずのうちに、一般公開の掲示板に書き込みをしている場合があるから気をつけよう。

この話も、投稿主がFacebookページ管理者であり、かつ、この管理者の投稿の公開範囲が「一般公開」になっている、と考えればつじつまが合う。

■誤解を生みやすい2つのポイント

この話で、非常に誤解を生みやすいと感じる点は2点。

1)
セキュリティの厳しい(あなた)とセキュリティの緩い(Aさん)との設定がぶつかったときに、緩い方が勝つということが起きてしまう。勝ち負けというよりも、そもそもFacebookでは、投稿主の設定値が絶対的な力を持っている点。

2)
投稿の公開範囲が、投稿主以外がわかりにくい(目立たない、毎回確認が面倒なので見逃す)点。


1)について
「Facebookページのような一般公開前提のページ」や「セキュリティの緩い設定をしている友人の投稿」にあなたのアカウントでコメントを付ける際は、上記の事を意識してください。どう意識するかわからないが、自分の名前やプロフィール写真を一般公開にしたくなかったら、簡単に言えば「Facebookページへコメントを書かない」「投稿を一般公開している人とはFacebook上で友達にならない」を実践するしかない。

投稿の公開範囲がわかりにくいというのは、仕様変更をすぐにでも行なってほしいところ。

それができないうちは、
・信頼のおける友人としかFacebook上で友達にならない
・「漏れてもしょうがない」ですませられる情報以外はFacebookにアップしない
の2点を実践していくしかない。

2)について
自分が書き込みを行う投稿の公開範囲については、投稿毎に確認するのが本当は良いのだけど、面倒なので、結局やめてしまう。そもそも、常に表示してほしいのに(以下のように)アイコンにマウスオーバーしないと表示されない。
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■わかりにくい理由は意図的?

本来はもっとシンプルに、情報の公開範囲の設定をしてほしかった。でも、彼らはしない。できないのではなく、意図があるから。彼らは「情報を守る」という方向で出来事をとらえていない。「友達の友達は、ほとんど友達だ、情報を見せ合って仲良くなっちゃおうぜ!」の世界だ。その違いからくる違和感は、日増しに大きくなる。

本来なら、個人アカウントのセキュリティ設定パラメータで、決めさせるべきだと思う。「強い」「ふつう」「弱い」とかわかりやすい名前で。

「強い」に設定した場合で、もし、一般公開の権限の投稿(またはFacebookページに)書き込みをしようとしたら、警告を出すとか。

そうはせずに、自分の投稿のデフォルトの公開範囲だけ設定させて、安心させておいて、実は、書き込んだ情報がちょいちょい一般公開されている、という仕様は、意図的だし、気に入らない。

■タイムライン

タイムラインという機能が公開された(過去の自分投稿コンテンツのまとめサイト、プロフィールページのデラックス版とでも言えばいいか)。

今までコメントをやりとりしていた友人が、ある日、タイムラインを作り一般公開したらどうなるか?そのやりとりのコメントも、自分の名前、プロフィール写真も、全て一般公開だ。全てのコンテンツの公開範囲は、投稿主に権限があるから、投稿主の権限だけで公開できる。

なんだかなぁ・・・(ため息)

Facebookが私の意図とは違う方向へ進んでいくのを日増しに感じる今日この頃である。ごく少数の仲間と、クローズドな環境で連絡を取り合いたいだけなのに、Facebook的にはそういうユーザーは置いてきぼりでも構わない、ということらしい。

以上。
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2011年11月24日

【SNS】ガラケーを根こそぎスマートフォン化させる唯一の秘策とは

Facebookとmixiはいまや全く違う土俵のSNSになっていた。/More Access,More Fun!

<この記事からわかる事実>
・mixiのアクティブユーザー数はまだfacebookの3倍以上いる
・mixiの総ページビューのうち、PCからは13.7%しかいない。つまり今や、mixiはほぼガラケーのSNSになっていた

mixiの将来に明るい材料は無いものの、現在使っている人達にとって、mixiを辞めて他に移る動機がない。そもそも、mixiの受け皿になるサービスがない。まさか、「パソコンがmixi専用機」になってる奥様達に、Google+/Facebookが受け入れられるとはとても思えない。

彼女達にとって、システムがクールでUIが優れているとか、関係ない。サークルだのフォローだの、そんなもん彼女達には関係ない。マイミクか他人かそれだけの世界。今の使い方から少しでも変化があると文句は言う。ただ、それだけ。

日本が「mixiを作ってしまった事」と「ガラケーを広めてしまった事」とは、一体化してる気がするね。グローバルな流れに遅れた一員だと思う。良いか悪いかは別で。

■mixiユーザーがスマートフォンを必要としない理由

スマートフォンへの機種変更が右肩上がりに進んでいるというが、私はどこかで頭打ちになるのではないかと思ってる。なぜなら彼女達は、mixiを使うためにガラケーを持っているわけで、それ以上の事を求めていないんだから。

「後からアプリも追加できます」っていう我々には殺し文句に相当するものが、彼女達には「最初から使えるようになってないの?面倒」となる。「タッチパネルでサクサク動くし」と言ってみたところで「タッチパネル?テンキーのボタンでめっちゃ早く打てるから要らない」となる。

それくらいの感覚の違いがある。ガラケーを手放したくない理由があるわけではない。スマートフォンを必要とする理由がないのだ。

つまり、mixiがサービスを終了するか、ガラケーの部品供給が止まって利用停止などという強行策を取らない限り、スマートフォンの使用率の大勢は(ある一定以上は)動かない、と思う。

そう思っていた。しかし、秘策が1つだけ、ある。スマートフォンに彼女たちが必要とする理由を作るのだ。

ガラケーを根こそぎスマートフォン化させる唯一の秘策

それは、mixiに最適化されたスマートフォン、mixiフォンの投入だ。

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<コンセプト>
・OSのレベルまで手を加えた、mixiサービスに最適化されたスマートフォン
・デバイスとクラウドが連係して高速化を実現
・ユーザ毎のアクティビティをHadoopを使って解析し、先読み処理でサクサク動く
・mixiフォン専用サービス(無料ビデオ・音声通話、複数人対応)
・OSはAndroidでいいや。

スマートフォンの売上を伸ばしたい通信キャリアと電機メーカーの思惑と、完全に一致。また、FacebookやGoogle+の登場により、Geekに完全に見放されて「終わった」とまで称されているmixiが、最後に一旗上げるチャンス到来!

mixiユーザーは、行くしかないでしょ。私はもちろん買いませんが(苦笑)。
posted by Sakak at 18:46| Comment(2) | TrackBack(0) | SNS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月14日

【SNS】Facebookの「友達」は2つの意味を持つ

Facebook用語の「友達」に感じる違和感と、コミュニティを構成する際の、両SNS(Facebook、Google+)の違いを考えてみます。
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■Facebook「友達」には2つの意味がある

Facebook「友達」の機能・役割とは、以下の2つだと考えます。

(1)リアル世界の友人関係を、Facebook上にも構築しようという契約
 ⇒名簿の役割。
(2)互いの情報の共有
 ⇒ポストをフォローするという役割。

ここで私が違和感と感じるのは、「友達」というワードに(1)と(2)の機能・役割が混在しており、それを分離できないこと。後から変更しにくいこと。

具体的に説明します。

・Facebook友達としてOKかNGかは、リアル世界で「友達/友達ではない」とは関係ない話。
・「友達/友達ではない」の選択が重要なのではなく、Facebook上で「情報を共有したいか/したくないか」に注目すべき。
・Facebookというシステムは、そういう本質的なことは意図的に隠し、ひたすらFacebook友達を増殖させることを狙っている。

「リアル世界の友人関係」⇒「ネット上でも当然、友人だよね?」⇒「お互いに持っているものを出しあったり、見せ合ったりしたいよね?」

Facebookからのそういう押し付けを感じます。

たしかに、友人・知人とFacebook上でつながっておくことで、イザという時に連絡がとりやすい((1)名簿としての機能)というメリットはわかる。Facebook上でグループを作っておいて、そこから一斉に発信することもできるしね。

でも、「(1)名簿として繋がっておきたい人」という側面と、「(2)互いの情報を共有したい人」という側面は、別のような気がしている。

(1)と(2)の両方の意味を考えたうえで、Facebookの承認ボタンを押すかどうかを決めたいのが本音です。

だが、Facebookは、そうは考えてない。

私自身がFacebook上で何を発信しているのか、「友達」になってみないと相手はわからないし、私も相手が何を発信しているのか、わからない。わからない状態で「承認ボタンのON/OFF」を決断させる。

そこに若干の無理を感じますね。せめて、先に、味見をさせてほしいんだけどな。

つまり、Facebookの設計意図は、(1)を強くイメージさせ、(2)を隠し、「友達・知り合いであればFacebook友達になっちゃいなよ!」と誘導しているわけだ。

友達になると、お互いの情報はデフォルトがフルオープン。いったん友達になってしまうと辞めにくくもなる。リアルな意味での「友達」を辞めるわけではないのにね。Facebookというサービスの中での、情報の公開範囲を変更するだけ、ただそれだけの事なのに。

それがわかっているので、たまに、友達承認依頼が来た時に、少し悩む時がありますね。

なぜ私がそこまでこだわるのか。

それは、私が承認依頼をOKしたっていうことは、私のポストが次々に、その人のニュースフィードに流れることがイメージできるから。人によっては、ニュースフィードを汚すことになるからね。個別に友人のポストを非表示にしたり、リストを作ってフィルタすることを知っている人ならいいけど、使い方がよくわかっていない人も多くいるだろうから、なおさら、そういうことを心配します。

私の望みとしては、「友達」という言葉を変えるか、それができないのであれば(1)(2)を分離してほしいですね。そして、(2)情報共有の、フォロー・アンフォローを気楽に行えるようにしてほしい。

現時点でも、「友達」になった人の投稿をミュートすることは可能ですが、自分のポストが流れ出ていくのを止める事は手間がかかる(リストを作って限定公開とか)。もっとスマートな機能で実現してほしい。

■FacebookとGoogle+の、コミュニティ作りの違い

こういう話(Facebookの弱点のような話)をすると、近頃は必ずGoogle+が引き合いに出されるようになりましたね。

たしかに、Google+はフォロー/アンフォローという言葉のみで、「友達」という紛らわしい言葉を使いませんし、私個人的には好きで、よく使っています。

ただし、Facebookは得意だけど、Google+には苦手な事があります。

それは、コミュニティを作ることです。

Google+でも、投稿をメンバー(サークル)の限定公開にすることができるので、最低限のことはできます。できますが、コミュニティ内に誰がいるのかをメンバ間で認知させることはたぶんできない。「リーダーは誰なのか」ということくらいしかわからない。逆にいうと、その程度でも成立してしまうような、ゆるい集まり(コミュニティ)に向いています。

「今日、何時頃に、どこどこで飲み会をやってますので、来たい人はご自由に!」くらいなゆるさ、です。誰が何人くるかも、把握してない(する必要がない)。そういう用途のコミュニティには、それでも良いですよね。

あくまでも、個人が、個人の意思で情報に近づいていき、不要になれば離れていく、というスタイルです。それに対して、Facebookは、先に友人関係、コミュニティありきで、そこに登録・承認して囲い込みます。

Facebookのコミュニティであれば、リーダーの人は「このコミュニティを管理している」という意識が持てるでしょうね。と、同時に、参加しているメンバからは「管理されている」という意識も生まれます(良いか悪いかは人それぞれ)。そもそも、参加という意識もないかな。覗いている、程度の感覚かもしれません。

リーダの人が、何をどう管理したいかで、使い分けるしかないですね。逆に、メンバの人は、自分がどんなコミュニティが心地いいのかを選べる時代にもなっているわけです。

■まとめ

・Facebookは「友達」というワードにふりまわされて、身動きがとれなくなることがある。あくまでもFacebook用語の「友達」である、という認識が大事。リアルな「友達」とは別。仲が良いか、それほどでもないか、とか関係ない世界。自分で決めた、ネットでの立ち振る舞い方を最優先すべし。

・日常的に、情報の収集や共有ツールという側面で利用する場合はGoogle+が使いやすいが、リアル世界のコミュニティをネットに投影し、リーダがそのコミュニティを管理・運営したい場合は、Facebookやmixiなどのタイプを選ぶしかない(現時点では)。適材適所、集まりの「ゆるさ」に応じて使い分けが必要。

以上。
posted by Sakak at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | SNS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月29日

【SNS】ライフログをうたいはじめたSNSに感じる違和感

最近、SNSまわりで、ライフログという言葉をよく耳にする。その言葉から受ける違和感と、私がSNSに期待する機能について書く。

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■ライフログの表と裏

Wikipedia引用:
ライフログとは、人間の生活を長期間に渡りデジタルデータとして記録すること、またその記録自体を指す。 近年、ライフログという言葉が広く社会的に認知されつつあり、例えばブログのような日記の類もライフログと呼ばれることがある。

FacebookもGoogle+も、ライフログを目指しているということだ。

Facebookに追加すると発表されたタイムラインという機能も、ライフログということか。

▼Facebookプロフィールはタイムラインとなり、あなたの全てを表現する(facenavi)

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ただ正直、このサンプル動画を見せられて「素晴らしい!Facebookありがとう!」とは全く思わなかった。むしろ、気持ち悪い、という印象。

ライフログという呼び名にすることで「あなたの人生を応援します」的なニュアンスを醸し出しておいて、その目的は、「ユーザの行動パターン、個人的な趣味・思考他、全てをキャッチしてビジネスに応用したい」、ただそれだけである。まあ、それは良いとしよう。こっちもタダで使っているのだから、彼らだって何かしらの見返りが必要だろうしね。

ただ、問題なのは、どういうビジネスに、どの情報を使おうとしているかは、まったく知らされていないことだ。プライバシーの問題が非常にグレーだ。以前から。それは非常に気にしながら使っている。

そんな、サービスにライフログなどを任せられないということですな。

■そもそもライフログをSNSに残したいの?

基本的に私は、自分の人生をSNSに残したいなどという欲求はないな。そんなものを預けられるわけない。セキュリティも信じていいないし、それとは別に、そもそもそんな欲求がない。

カンチガイしないで欲しいのは、自分の生き様をライフログとして残さない、と言っているのではなく。むしろ「自分の考えたこと」は残したい、とさえ思う。例えば、私が15年前から4年間くらいかけて作った個人サイト上のデータ(テキスト記事を含む)は、私の生きた証であり、ライフログそのもの。今、書いているこのブログもライフログの1つ。

だけど「SNSで雑談している内容も同じ?」って言われると、ちょっと違う。

私は、そう思っているんだけど、自分の記録をSNSの友人達に伝え、残し続けたいっていう人が、そんなにいるの?私とは違うなあ。

■そんなことより、やってほしい機能追加が他にある

今のSNSの使い方ってね。意見・情報交換だったり、交流だったり、頭の体操だったりするわけ。だから、その記録は、残したいとは思うのね。でも、残らないし、あとから取り出しにくい。そういう根本的な問題の解決を先にやってほしいよ。

今のSNSには、情報が次々流れていくだけで、整理して保管できるイメージは全くない。

それには、以前書いた、ポストするデータへのタグ付けの記事に書いてあるとおり、流れていったポストをタグ別で後から見る事ができたりする機能がマスト。

1つ1つの投稿を、もっと大切に取り扱う機能が必要なんだと思うな。

自分が投稿した記事、付けたコメント、いただいたコメント、全て私には大切なコンテンツの1つだからね。

それができないと、SNSの自分のアカウントが、自分のホーム(家)っていう感覚は、無いよね。ワークエリアって感じだよ。

そんな感覚のなかで、「ライフログを始めます」などと言われても、ピントがずれてるな、って気がする。

以上。
posted by Sakak at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | SNS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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