2012年02月01日

【Gadget】技術ありきのモノ作りは終わった

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■TVがなくても復活できる、むしろいったん忘れたほうが良い

「テレビの復活なくして、ソニーの復活なし」とストリンガー氏が宣言した後、テレビ事業は8期連続7300億円の大赤字を生み出した。

むしろ私は「ソニーはTVはもう作りません」と言った方がプラスに働くとさえ思う。従来型のTVはどこが作ったって同じなんだからさっさとやめれば良い。そして「TVはやめる」宣言と同時に、SONYの持つすべてのプロダクトをシンプルに束ねるプラットフォーム及びSONYのビジョンを発表する。

クラウドであったり、アプリ、サービスのほうに重点がおかれる時代にきているわけで、そちらを先に訴求しないで「TVがTVが」って聞かされても、誰も何も感じないよ。

例えば、クラウドに直結しているPS3の進化版みたいなプロダクトが出てきて、そいつが放送波をキャッチでき、かつ、動画をクラウドやローカルディスクなどからかき集めて再生できる機能を持たせられたら、TVの役目は、それで良いわけじゃん。大画面のパネル(モニタ)だけを部屋の広さに合わせて買ってもらえば良いじゃん。

先日のクローズアップ現代で、どこかの大学教授(元SONY)が「日本メーカーがTVから撤退するということは家庭という市場から撤退することを意味する。やめられない。」的なことを言っていたが、私は全く賛同できない。

■日本の電機メーカーがTVにこだわる理由

たぶんTVにこだわる理由は、製品開発のスタイルが、20世紀と今とで変わってきたのに、それが本当の意味でわかっていないから、なのかもしれない。日本のTVメーカーって、悪い意味で、技術開発ありき。「こんな技術を開発した」「こんなパネルを開発した」「厚みを1cmにできた、5mmにできた」「よし、これを発売しよう!」という感じのモノ作り。

iPhoneが、Appleが、そういうモノ作りの手法を良い意味でぶち壊して示してくれた。TVの厚みやパネルのスペックなんか、誰も見てない。そうじゃない。

どんな風にTVを使えれば、生活が豊かになるのか、若い人はどういう場所でTVを見て、番組を視聴して、それをどのようにシェアしているのか?どういうライフスタイルを送っているのか。それらを徹底的に詰めたうえで、必要な製品をシンプルにデザインする。そして、最後に、そのデザインのなかで、実現する要素技術を当てはめていく。無いものであれば開発したりしていく。

AppleがTVを再定義すると言っている意味は、見た目のカッコイイTVという意味ではないことは容易に想像できるし、モノ作りのスタイルを変えなければならない日本のメーカーは、組織構造の見直し、命令系統の見直し、権限を技術の知らないおっさんから、技術者に委譲したり、そういうことを早急にやらない限り、TVに限らず、日本の電機メーカーの、とくに家電部門の未来は厳しいと言わざるをえない。

■地デジという施策が本当に良かったのか?

そもそも「地デジ」という施策が、我々を豊かにするものだったのかと言われると大きな疑問。それよりネットで自由に番組データをやりとりできたほうがきっとメリットは大きかったはず。

いろいろ考えていくと、「既存のTV(放送波を受け流すだけの受像機)」の役目というのは、もう、それほど大きくない。そんなものに、大きなお金は出せない。たまたまエコポイントがあったり地デジにしろっていう話だから、買い換えただけで、もう、地デジ以降以前に、TV神話的なものは思わっていた。

そのへんを日本の電機メーカーは完全に読み違えたと思う。お粗末過ぎる。それでも懲りずに、3Dテレビに走っているのを見て、もう笑うしかなかった。あんなもの、やる前から一般視聴者には必要がないことくらい、誰が見ても気づきそうなのに。

技術ありきのモノ作りを脱却できない日本の電機メーカーは、今、苦境に立たされている。
posted by Sakak at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ガジェット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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